手を伸ばせば触れる距離  (8)





とにかく走って、電車に飛び乗って。
焦ったって仕方ないのに、もっと早く動かないのかと電車にすら苛ついて、駅についてからもとにかくまた走った。
つい3日前に訪れた部屋の扉の前に着いた時は、息を吸うのすら辛い状態。
それでも、どうにか息を整えて呼び鈴を押した。




「・・・泰成?」
「話が、あります」
ややあって開かれた扉の向こうに、驚きを隠せない誠一の姿。
一度息を吸い込んでから言えば、その表情はさらに驚きを見せる。
「何か、よく分からないけど・・・とにかく上がって」
招き入れられて、そのまま上がり込む。
部屋の中はこの前と同じように乱雑で、誠一の状況が変わってないことを教えてくれる。
その中で何気なく目を向けた流しには、無造作に置かれた空の鍋。
食べてくれたのかとホッとする。
「そこ座って」
そう声をかけられるが、身体が固まってしまったかのように動けない。
馬鹿みたいに緊張している。
ただ立ったまま見据える泰成に諦めたのか少しだけ肩をすくめて、誠一もそのまま向かい合う形になる。
「で、どうした?いきなり」
「・・・お姉さんの具合は、どうですか?」
声は普通に出ることに安堵しながらも訊けば、一瞬目を開いて、それからため息をつく。
「・・・恭平だな」
何も言わずに分かってしまうことに、チクリと胸が痛む。
「恭平のやつ、またお節介焼いてくれたわけか・・・まあ、有り難いことだけど」
苦笑する、でもその表情は優しくて。
また、胸が痛む。
そんな自分が嫌になる。
「まあ、倒れたっても大したことないんだけど。珍しく弱気になってて放っておけないって感じだな」
まるで何でもないことのように言う姿に、今度は何だか苛立ってくる。
「美希の面倒見んのも、まあ慣れてくれば楽しいし。姉貴も大分落ち着いてきたしな」
また笑う。
比例するように、モヤモヤが増幅する。
「泰成にまで心配かけて悪かったな」
その一言に、堪えていた何かが頭の中で切れるのを感じた。

「・・・んで、」
「ん?」
「何で、あなたはいつもそうなんですか!?」
突然叫んだ泰成に明らかに驚いた表情を見せるが、一度せきを切った感情は止まらない。

「そうやって自分のことは何も言わないで一人で抱えて笑って!僕は何もできないんですか!?」

これが恭平が言っていた壁だろうかと、激昂する頭とは別のところで妙に冷静に思う。
何があっても一人で解決して、決して人に弱味を見せない。
こっちは情けないところばかり見せているのに。
対等な存在でありたいのに、想いはいつも空回りだ。
「恭平さんには、話せるくせに・・・っ」
「っ、泰成、それは違うっ」
「何が違うっ!?」
何も言えずに呆然と聞いていた誠一だが、思わず呟いた泰成の言葉に慌てて否定する。
だが、泰成は頭を振ってその言葉を切り捨てる。
誠一にとって恭平が大事な親友であり、それ以上でも以下でもないことは分かっている。
それでも比べてしまう、そんな自分が情けなくて、嫌で仕方ない。
なのに、口は止まらない。
自分でもう何を口走っているのかが分からないのに。

「僕はあなたの何を知っている?何も知らない。何も話してくれない。それで、どうやってあなたを信じろと!?」

好きだと告げられた。
反射的に返した言葉に、それなら信じさせるとも言った。
・・・それを、信じていないわけじゃない。
それよりも信じられなかったのは、自分の気持ち。
自分の中にある感情を、確認するのが嫌で。だから気付かないフリをしていた。
思い起こせば、あの頃から周りにいた女の人たちに嫉妬して、今は恭平にまで嫉妬して。
いつも余裕なんてなくて、その分、誠一の余裕さが憎たらしくも羨ましかった。
醜い感情が渦巻く。それでも、消すことは出来ない気持ち。
こんな自分は、認めたくはなかったのに。

「あなたにとって、僕は何・・・?」

気が付いたら泣いていた。
誠一が息を飲むのが分かる。
涙なんて見せたくないのに、拭うこともできず、ただ誠一を見据えることしか出来ない。
認めたくはないが、もう認めてやる。
こんなに心乱れるのも、こんなにも涙が勝手に溢れてくるのも。

・・・情けないくらい、誠一が好きだからだ。







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05.06.13





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