手を伸ばせば触れる距離  (9)





目の前で静かに涙をこぼす泰成を、誠一は酷く珍しいものを見ている気持ちでただ呆然と眺めていた。
実際、珍しいのだ。泰成が涙を見せるのも、感情をそのままぶつけてくるのも。
―――・・・ちょっと、いやかなり嬉しいかも・・・
勢いに飲まれて今まで気が付かなかったが、泰成のこれはいわゆる嫉妬じゃないだろうか。
今の言動は、好きだと言ってるくれてるようなものだと自惚れじゃなく思う。
もし本当にそうならば・・・あとは確かめて、今度こそ手に入れるしかないじゃないか。



「泰成」
呼ばれて、身体に緊張が走る。
カッとなって色々と口走ってしまった。
あんまり覚えてないけれど、かなり大変なことを言ってしまった気がする。
ようやく我に返って涙を拭うも、返事することも出来なくて俯いてしまう。
「・・・泰成?」
しばらくの沈黙の後、聞こえたのはさっきよりも優しい声。
覚悟を決めて顔を上げれば、そこには声と同じく優しい表情を浮かべている誠一が見えた。
「えーと、何だ。ちょっと言い訳になっちゃうんだけど・・・」
少しだけ困ったような表情を見せて。
でも、それはすぐにまた優しい表情に変わる。
「お前に何も言わなかったのは、別に除け者にしてたわけじゃなくて・・・正直、恥ずかしかったんだよ」
「え?」
あまりに予想外の言葉。その意味が分からなくて、思わず聞き返してしまう。
「だから、何て言うか、恭平が特別とかそんなん全然なくて・・・その、お前にだけは格好悪いとこ見せたくなかったって言うか・・・ まあ、そういうわけだからっ」
淀みながらも言い切ると、ふいと目を背ける。
その頬がうっすらと赤くなっているのに、柄にもなく照れているのだと知る。
「・・・それでも、言ってもらえた方がいい」
つい気が緩んで、零れてしまった本音。
だが、その言葉に一瞬驚いた顔をして・・・それから、本当に嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、今度からはそうする。ごめんな」
さっき謝られた時とは全く違う心の動き。
何だか胸がいっぱいになって、やっと止まったと思った涙がまた零れそうになる。

「俺にとってお前が何だって訊いたよな?」
少し躊躇ってから頷く。
何てことを訊いたんだと今なら思えるけれど、さっきは感情が高ぶって言わずにいられなかった。
だって、本当はずっと気になっていた。
誠一にとっての自分は、自分にとっての誠一は何なのかと。
・・・後者は、やっと答えが出たけれど。

「俺にとって、お前は一番大切な存在。恭平よりも、姉貴よりも、美希よりも、誰よりも一番側にいてほしい存在」
「・・・っ」
「お前が側にいるだけで、癒されるっていうか、何でもやれそうな気になる。それくらい、もう俺には必要不可欠な存在」

もう我慢が出来なかった。
止まったはずの涙は、どうしようもないほど溢れてくる。
ずっと胸にあった不安は、モヤモヤや苛々とともにすぅっと消えていくのを感じる。
「・・・俺、言ったよな?お前のことが好きだって」
素直に、頷く。
忘れようにも、忘れられない言葉だったから。
「まだ、信じられない?」
今度は首を横に振る。
誠一の言葉に嘘はないことは、本当はもうとっくに信じていた。
「なら、返事ほしいんだけど」
「・・・あ、」
「もし言い辛ければ、頷いてくれるだけでいい」
何で、全部分かっちゃうんだろうと思う。
言いたいこと、今の気持ち、全て。・・・分かってくれる。

「俺は、泰成のことが誰より好きです。だから、俺と付き合ってくれませんか?」

自然に、自分でも驚くくらい本当に自然に頷くことが出来た。
ああ、こんな簡単なことだったんだと、どこか満たされた気持ちで誠一を見ると、そのまま抱き寄せられる。
「・・・今度こそ、良いんだよな?」
聞こえてきた少しくぐもった声。
それに小さく肯定を返せば、さらに強く抱きしめられる。
「やっと、捕まえた・・・」
ホッと息をついて、呟くように言われる言葉に、全ての気持ちが込められてるように感じた。

そして、しばらくしてから降りてきた唇を、目を閉じて素直に受け止めた。








END






05.06.17





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