手を伸ばせば触れる距離 (7) |
逃げるように部屋から飛び出して、それからまた3日たった。 “落ち着いたら、連絡する” 最後に聞こえたその言葉が嬉しくて、何の音沙汰もない今も気にはなるが妙に気持ちは落ち着いている。 「自分から言っちゃえばいいじゃん」 ふいに耳に届いた声に、思わず振り向く。 自分に向けられた言葉のように感じたが、それはすぐ後ろにいる女子高生二人組の声だと分かる。 「でも怖くて・・・」 「それで待ってるだけ?何にもなんないじゃん」 たぶん、友人に恋愛相談をしているとかだろう。 客の話を盗み聞きするなど許されるわけはなく、すぐにその場を離れたけれど、何故か少女の言葉だけが残った。 「拓弥くん、ちょっとお願いがあるんですが・・・」 一瞬の躊躇のあと、泰成は拓弥へと相談を持ちかけた。 「で、俺に頼みとは?」 拓弥に頼んで、恭平に会うために家に連れてきてもらった。 そして拓弥と二人で恭平の帰りを待って、今は恭平と二人きりにしてもらったところだ。 「・・・先輩のこと、教えてくれませんか?」 そう切り出した泰成に少しだけ目を開いて、小さく笑みを作る。 「何を?」 「・・・先輩の今の状況と、何を考えているのかを」 言った声に迷いはない。 だから余計に、揺さぶりをかけたくなる。 「それだけ?」 「・・・他に何か?」 「昔の誠一」 「・・・知りたいのは、今だけですから」 過去が気にならないと言えば嘘になるが、それよりも知りたいのは今だ。 恭平に訊くものじゃないとは思うが、とにかく動きだしたい。 だけど、やっぱりまだ臆病で。 本人に訊くほどの勇気は出なかったのだ。 そんな泰成の気持ちを察したのか、恭平は笑みを浮かべたまま再び口を開く。 「誠一に姉がいることは?」 「この前、話してもらいました」 「その娘、つまり誠一にとっては姪だな。彼女のことも?」 頷くと、恭平は一度目を瞑って、少しの間を置いてゆっくりと開く。 「じゃあ話は早いな。今頃は育児疲れでもしてると思うけど」 「育児・・・?でも、姪っこの具合いは良くなったって・・・」 「今度は母親の方が心労で倒れたんだよ。と言っても大したことじゃない、ただの過労らしい。誠一は実家と部屋を往復して姉の代わりに姪の面倒みてるよ」 淡々と説明されるのに、自分でも分からない苛々がつのる。 「・・・先輩は、わざわざ恭平さんにそのことを?」 「昨日だか電話したらそう言ってただけだ」 「・・・何で、僕には何も・・・」 言って、すぐに後悔する。 これではまるで、自分に連絡がないことを不満に思ってるみたいだ。 「弱味を見せたくないんだろうな」 「弱味?」 ふいに言われた言葉の意味が分からなくて、オウム返しをするしかできない。 「そう。あいつは変なとこで強がりだからな、弱い自分を人に見せるのを極端に嫌う。人当たりが良いように見えて、結構壁を作るヤツだからな」 「・・・そうですか」 つまり、僕との間にも見えない壁が存在しているということだろう。 今更ながら、それを痛感する。 そして同時に、こんなにも苛ついている理由が、分かった気がした。 「もう一つ。あいつはそれが好きな相手になら、なおのこと強がる傾向にある」 恭平の言葉に、ハッと上を向くと、恭平がにやりと笑ったのが見えた。 「誠一が今、何を考えてんのかは俺も想像しかできない。それでもあえて言うなら・・・今はどうしようもないほど強がってるんだろうな」 「・・・」 瞬時には、言葉を理解できず、色々な感情が身体を駆け抜けるのを感じる。 想像しか出来ないと言いながらもほとんど確信した言い方に、二人の絆みたいなものを感じて、またどこかモヤモヤしたり。 それとはまた別に、妙にざわつく気持ち。 色んな感情が混ざり合って、何が何だか分からなくなる。 嬉しいような、なのにイライラするような、奇妙な動き。 それでもただ、1つだけ強く思う。 今すぐにでも会って、そして確かめたい。 先輩が、何を考えているのかを。 「10時半か。1時間後には部屋にいるだろうな」 「・・・失礼します」 泰成の気持ちを読んだのか、恭平がわざとらしく呟く。 その途端、身体は勝手に動いていた。立ち上がり、部屋を飛び出す。 そんな泰成を見送ってから、恭平は携帯で留守電にメッセージを入れておく。 「あれ?宮崎さん、帰っちゃったの?」 「ああ。・・・後はまあ、時間の問題だろうしな」 通話を切った直後にひょっこり顔を出した拓弥に応えながら、恭平はうまくコトが進むように心の中でそっと祈った。 >> NEXT 05.06.08 |