手を伸ばせば触れる距離 (4) |
「・・・ここか」 バイトを上がった後、少し迷ったものの結局住所を頼りに来てしまった。 前に一度来た部屋と変わっていないらしく、近くまでくれば何となく思い出し、そこから先は迷うことなく今はすでに部屋の前。 ・・・どうしよう・・・ ここまで来て、ドアに貼ってある部屋番号と「伊藤」という文字を何度も見ては、呼び鈴を押すことに躊躇する。 「・・・せっかく来たんだし」 わざわざ電車に乗ってきたんだ、ここで帰ったらその労力と時間が無駄になる。だから顔ぐらい見て帰ってもバチは当たらないはずだ。 言い訳するように自分に言い聞かせて、今度こそ思いきって呼び鈴を押す。 ・・・・・・。 まったく応答がない。もう一度押してみるが物音ひとつしない。 いないのだろうかと少し拍子抜けしながら何気なくノブを回してみれば、ドアは簡単にも開いてしまった。 「・・・先輩?」 不用心だなと思いつつ、とりあえず中に向かって呼び掛けてみるが返事はない。 記憶が正しければ、部屋は確か続きの二部屋だったが、そんなに広いわけではない部屋にいて声が届かないわけがない。 “今頃あいつ倒れてるかも・・・” 先程の恭平の言葉が頭をよぎって一気に不安になる。 「・・・失礼します」 形だけ礼をとって、勝手に上がりこむ。 大分乱雑に物が散らばっていて、決して綺麗とは言えない部屋を通過して、そのまま続き部屋のドアを静かに開ければ、床に倒れこんでいる誠一の姿が飛込んできた。 「っ、先輩!?」 思わず叫んで、慌てて側に駆け寄る。 ぐったりしている誠一の肩に手をかけて、少し揺さぶれば、うっすらと目を開ける。 「あー・・・恭平?」 まだ覚醒しきらないのか寝惚けたような声ではあるがしゃべったことにとりあえず安堵する。 「あーもう・・・ビックリした・・・」 「・・・・・・って、泰成?えっ、お前、何で?」 「それはこっちのセリフです!もうホント倒れてるのかと思った・・・」 ようやく泰成に気が付き、状況が掴めずに慌てる誠一に、未だショックが覚めない泰成が叫ぶ。 それを誠一は、ただ呆然と受けとめるしかできない。 「えっと、悪い。泰成、だよな?」 「他に誰に見えるんですか?」 「や、俺の願望が作り出した錯覚かと・・・」 この一週間、会いたくてたまらなかった。 弱っている時こそ、顔が見たくてたまらなかった。 今だけじゃなく、それこそいつでも側にいたいのだけれど、それを望むのはまだ早すぎることも分かっている。 だけど、未練がましいけれど、一度だけ訪ねてきてくれた部屋から、大学を卒業してからも引っ越すことが出来なかったくらいなのだ。 もしかしたら、いつかまた訪ねてきてくれるんじゃないかと淡い期待をもって。 ・・・期待は、期待でしかなかったけれど。 そして、それは再び見つけることができた今でも同じ事のはずで・・・ 「まさか部屋に来てくれるなんて思いもしなかった・・・」 そう呟く誠一に、泰成は慌てて来る途中に何度も考えた言い訳を口にする。 「・・・恭平さんに頼まれたんです。様子見に行ってくれって」 「恭平に?」 「今日、店に来て、住所書いた紙を渡されて。・・・暇だったし、様子見るくらいならいいかなって」 「・・・ああ、そういうことか」 語尾が小さくなっていく泰成を愛しく思いながら、ようやく状況を把握する。 1時間くらい前か、突然恭平から、今から行くから鍵を開けとけという電話があった。 あれは、こういう意味だったのかと妙に納得する。 こういう時だけやたらお節介な親友の顔を思い浮かべて、苦笑する。まったく、よく気の利くことで。 「それより、何でこんなとこで寝てるんですか?」 「あー・・・ベッドまで行くのが面倒で・・・」 「そんなんじゃ風邪引きますよ。ほら、早くベッドに横になって」 「え、せっかくお前が来てくれたのに、もったいない・・・」 「疲れてる人が何言ってるんですか。ほら早く!」 有無を言わさぬ口調で急かされ、大人しく横になる。 「ご飯は食べてるんですか?」 「まあ、適当に」 「・・・まったく。だから倒れるんですよ」 「別に倒れてたわけじゃ・・・」 ないと言いかけて、じろりと睨まれるのに言いかけた言葉を飲み込む。 「倒れてないなら別に良いんですけどね。でも、今はとにかく休んでもらいますからね」 丁寧に布団までかけられ、ぶつぶつとそれでも心配そうに言われるのが、何だかこそばゆい。 「・・・何笑ってるんですか?」 「や、なんか新婚さんみたいだなーって」 「っな、何バカなこと言ってるんですかっ。いいですか、とにかく大人しく寝ててください!」 顔を真っ赤にして、そのまま踵を返し部屋を出て行こうとするのに慌てて呼びとめる。 「ちょっ、泰成?帰るのか!?」 「・・・起きるまでいますから、寝ててください」 少しの間を置いて返ってきた言葉に、頬が緩む。 一度部屋を出ていく泰成を見送ってから、誠一はどこか満たされた気持ちで、大人しく目を閉じた。 >> NEXT 05.05.26 |