手を伸ばせば触れる距離 (3) |
誠一が慌ただしく帰っていった日の深夜、珍しく電話ではなくメールで連絡があった。 『ちょっと面倒が起きて、しばらく行けない。悪い』 短い文。だが、それだけで慌てている様子が伝わってくる。 別に来てくれと頼んでるわけじゃないとか、来なくても全然構わないとか思ったけれど、結局返した言葉は『分かりました。頑張ってください』という、あまりに自分らしからぬものだった。 何となく、今の誠一に突き放したことは言ってはいけない気がしたから。 それでも、その面倒が何かまでは訊けなくて。たった一言だけを送信する。 返事は、なかった。 それから一週間、未だ姿も見せなければ連絡もない。 たかが一週間。大したこともない長さだし、第一来ない方が気にせずバイトに専念できて良いはずなのに。 あんた仕事はどうしてるんだよ、と突っ込みたくなるくらいマメに通ってきた存在がいないと、どうも落ち着かない。 だからと言って何が出来るわけでもなく、不本意だが連絡待ちという状態。 「・・・これも作戦か?」 押してもダメなら引いてみな。 いつだったか誰かが言っていたそんな言葉まで浮かんで、つい疑ってしまう。 実際、本当に忙しくて来られないんだろうけど・・・何よりこんなに気にしている自分が悔しい。 「宮崎さん、大丈夫?」 「え?」 ふいに話しかけられて、声のした方を向けば心配顔で拓弥が見ている。 「えーと、何がですか?」 「何か元気ないし、ボーっとしてることも多いから調子でも悪いんじゃないかと思って・・・」 「ああ、ちょっと考え事してただけですから大丈夫ですよ。心配かけてすみません」 小さく謝罪すれば、何ともないなら良かったと仕事に戻る。 その姿を目で追いながら、そんなに顔に出てるのかと考える。それも拓弥にまで心配をかけるほど分かりやすく。 ・・・そりゃ気にはなっているけれど。何も説明されないまま連絡がとれなくなれば、気にするなという方が無理な話だ。 でも何が出来るわけでもなくて、結局ふりだしに戻る。 ・・・何やってんだか。 調子が狂う。こんなのは、自分らしくない。 ・・・自分らしいってのはどんななのか、自分でも分からないけれど。 「いらっしゃいませー」 拓弥の声にふと我に返る。今はバイト中、考え込んでいる場合じゃない。 しっかりしなくてはと気合いを入れて、新たに入ってきた客を見れば、珍しくも恭平の姿。 嬉しそうに応対している拓弥の姿に、思わず笑みが零れる。 それから、ほんの少しだけ羨ましく思えて、今日の自分はどうしようもないなと笑みが苦笑に変わる。 「宮崎さん、恭ちゃんが話あるって。これ持っていってもらっても良いですか?」 「え?」 「誠一さんがどうのって言ってたけど、詳しくは教えてくれなくて。はい、これお願いします」 注文を取り終えたらしい拓弥からオーダー表を渡されて、状況が掴めぬまま言われた通りに奥にコーヒーを取りに行く。 恭平の話が何かというより、恭平なら何か知っているんじゃないかという気持ちの方が強く、気が焦る。 「お待たせしました、ホットです」 「どうも。・・・誠一から連絡あったか?」 「・・・いいえ」 「あの馬鹿、やっぱりな・・・」 小さく舌打ちをすると、ポケットから小さな紙を取り出して、泰成へと差し出す。 「今日、暇だったら様子みてきてやってくれ」 言って渡された小さなメモ。受け取って目を落とすと、そこには知らない住所が書かれていた。 だけど分かる。これは多分、誠一の部屋のもの。 「何で僕が・・・」 「俺が行くより効果は絶大だろう。今頃あいつ倒れてるかもだから、まあ気が向いたら頼む」 恭平の意図が掴めなくて、でも渡されたメモを付き返すこともできなくて。 何も言えないままそこで話が途切れ、結局メモを持って下がるしかなかった。 「恭ちゃんの話って、何でした?」 「いや、大したことじゃないですよ」 興味津々に訊いてくる拓弥を適当にかわして、渡されたメモをひとまずポケットにしまう。 そう、大したことではない。 だけど、気になるのも確かで・・・ また考え込んでしまいそうになって、首をふって意識を追い出す。 「すみませーん」 「あ、はい。少々お待ちください」 客に呼ばれるのに、慌てて気持ちを切り替えて向かう。 オーダーを取ってから、ふと視線をずらせばコーヒーを飲み終えたのか、ちょうど恭平が席を立っていた。 一瞬目があったその時、視線で何かを訴えかけられたような気がする。 会計には拓弥が行ったのでそのまま見送る形となったが、恭平が言いたいことは聞かなくても分かる。 「・・・あと、1時間か」 今日のバイトは、5時には終わる。それからどうするか決めても遅くはないはずだ。 そう決めると、泰成はポケットにしまったメモに一度触れてから、今度こそ仕事に集中することにした。 >> NEXT 05.05.22 |