手を伸ばせば触れる距離 (2) |
「今日もお疲れ様」 「・・・どうも」 泰成のバイトが終わるまでの間、今夜はどこに行くかと色々と考えたくせに、結局いつものバーで、小さくカチンとグラスをあわせる。 泰成を見ればいつものように一口だけ飲んで、後はそのままテーブルに置いている。 元々そんなに酒に強くないらしい泰成は、飲んでも1、2杯。 もしかして警戒してるのかと勘ぐってしまうくらいだ。 「どした?」 一口飲んだだけで、やたらと落ち着かない様子に訊けば、少し困ったような目を向けられる。 「いえ、今日は他に誰もいないんだなと」 「ああ、いつもこんなもんだよ。お前連れてくるときがたまたま人が多いだけ」 「賑やかなところの方が好きそうなのに・・・」 「バカ騒ぎすんのも嫌いじゃないけど、一人か二人なら静かに飲みたいからな。だから、ここは俺のお気に入りの店」 「・・・確かに女性を口説くには良さそうなとこですよね」 「まあな。でも女連れてきたことなんてないけどな」 嫌味にさらりと返せば、意外そうな顔をされる。 その反応に何だか悲しくなって、思わず訊いてしまう。 「お前、俺を何だと思ってんの?」 「ナンパ師」 即答されるのに、がくりと肩を落とす。 そりゃ確かにあの頃は遊んでた方だけど、今は泰成一筋だし、そもそも俺にだって真面目な部分はある。 この店だって、教えたのは泰成と恭平だけだ。 どうでもいい女なんかを口説くのになんか使うのには勿体無さすぎる。 「大体、自分の部屋にだって連れこんだことないんだぜ?」 「嘘つき」 「嘘じゃないって。俺の部屋にだって入れたのは今までで三人だけだし」 「・・・」 「あ、ちなみに三人ってのは、お前と恭平と拓坊な。女は身内以外入れたことないよ」 表向きは冷静に、でも内心はかなり必死で説明すれば、納得してくれたのか考えているのか泰成は黙ってしまう。 前はそんな誤解のせいで2年も逃げられたのだ。そろそろ誤解も解いて、イメージすらも変えておきたい。 というか、そうしてほしいのが今切実な願いだ。 「泰成?」 「・・・友達いないんですね」 黙ったままなのが不安で小さく呼びかけてみる。 ややあって返ってきた言葉には苦笑しか出来ないが、泰成が素直じゃないのはいつものこと。 誤解さえ解ければ何でもいい。 まあ、確かに友達って呼べるヤツは少ないけどさ。 声には出さずに呟いて、少し不貞腐れてみる。 騒ぐためだけの仲間ならたくさんいたが、友達と呼べるほどとなると別だ。 それが寂しいと感じたことはないのだから別に問題ないのだが、そのまま認めるのも悔しくて少し反論してみる。 「選んでるって言ってくれ。それにどうでもいいヤツに俺の領域に入ってもらいたくないし」 「へぇ」 「だから、それだけお前は大事なわけ。分かる?」 真面目に聞いていないのか端から信じていないのか、適当な返事しかしてなかった泰成が、一瞬言葉につまる。 その反応に、少しは意識してもらえたのだと気をよくし、何か言いたげな泰成を無視して言葉を続ける。 「今の状況も嬉しいんだけどね、俺としてはもう少し心開いてほしいなぁなんて」 「・・・・・・僕は、」 チャラララチャララチャララララ・・・♪ 少しの間を置いて何かを言いかけたその時、場違いな着信音がやかましく鳴る。 一瞬何事か分からなくて、そのままの形で固まってしまう。 「・・・」 「・・・鳴ってますよ、携帯」 電話なんかこのまま無視して言葉の続きを聞きたかったが、もう言ってくれるとは思えず、携帯もこれ以上鳴らしておくわけにもいかない。 怒りだか悲しみだかに震える手で、表示されてる相手の名も見ずに通話ボタンを押す。 「もしもしっ!?・・・は?・・・・・・」 あまりにあまりなタイミングの電話に、思わず怒鳴り散らしたくなるのをグッとこらえて出れば、慌てた声が耳に飛込んでくる。 話を理解すると同時に、見る見る血の気が失せていく。 「・・・分かった、すぐ行く」 「・・・何かあったんですか?」 通話を切って、そのまま慌てて帰り支度をする誠一に、ただ様子を見ているしかなかった泰成は恐る恐る訪ねる。 「悪い、また連絡する」 「先輩っ!?」 慌てて呼びかけるが応えることもなく、血相を変えて店を飛び出してしまう。 そんな誠一を、残された泰成はただ呆然と見送るしかなかった。 >> NEXT 05.05.19 |