手を伸ばせば触れる距離  (1)





追い掛けて追い掛けて。やっと見つけた、愛しい人。
あの頃の自分を、あの人を傷付けた自分を深く後悔しながらも、再び巡り会えたことに感謝せずにはいられない。
『信じさせてください。その時に改めて返事します』
出された条件。それはまだ完全に俺を信じていないということ。
だけど、今度こそ逃がさない。
本気ならいくらでも示そう。心を開いてくれる、その日まで。





「・・・また来たんですか」
「お前ね、仮にも客に対してその言い草はどうよ?」
「店員が気にいらなければ、どうぞお帰り下さい」
もう日課になりつつある(といっても泰成が入っているときだけだが)喫茶店通い。
以前は週に一度の楽しみだったが、今では仕事の合間や就業後にいそいそと通っている。
話までは出来なくても確実に会えるので、誠一の楽しみの一つなのだが、相変わらず泰成の対応は素っ気無い。
「お前ね・・・まあいいや。アメリカンね」
「・・・かしこまりました、少々お待ちください」
本当はもっと話したいが店員をいつまでも引き留めておくことはできない。
まだ何か言いたそうな泰成に注文だけして、一度話を切る。
ちょっと機嫌損ねたかな?
奥へと注文を届けに行く泰成の背中を見ながら、うまくいかないなと一人ぼやく。
あんまり嫌がるなら来ない方が良いのかとも考えたこともあるが、どうせなら姿だけでも見たいわけで。
嫌われてる・・・わけでもないと思うんだけどな。
冷たい態度ではあるが、ここで相手にされなかったことは一度もない。
来るなともハッキリ言われたことがないので、こうして出向いているのだが。
「お待たせいたしました。アメリカンです」
「どうも。泰成、この後時間あるか?」
運ばれてきたコーヒーを一口すすり、軽く誘いをかけてみる。
「終わるまで待ってるからさ、飲みにでも行こうぜ」
「・・・まあ、いいですけど」
少しの間を置いて帰ってきた応えに、思わず顔が緩んでしまう。
誘えば何か用事がない限り応えてくれる。
「んじゃ、待ってるわ」
手を軽くあげれば、小さく頷いて仕事に戻っていく。
・・・これはこれで幸せなんだけどね。
応えてくれる、ただそれだけでこんなにも嬉しくて仕方がない。少し前までは考えられなかったことだけに、余計に。
でも俺は友達になりたいわけじゃなくて、恋人になりたいわけで。
・・・道は長い、かな。
ちょっと弱気になって、今の状態でもいいかもなんて思ってしまう時もある。
「・・・や、それはやっぱ嫌だよなぁ」
今のままじゃ近くにいることは許されても、そこまで。触れることは許されない。
心も、そして身体も開いてもらいたいというのは男として普通の感情だろう。
ましてや一度、その味を知ってしまっているのだから、なおさら・・・
「あー・・・やべ」
思わず思い出しそうになって、慌てて意識を他に向ける。
こんなとこで思い出した日には自分が辛すぎる。それに、泰成にバレでもしたと考えるだけで怖い。
しかし、遠くにいて触れることができないのと、近くにいて触れることができないこと。
触れることが出来ないという点では同じだというのに、近くにいてもなおという方がより辛い。
欲求不満かなぁ、俺・・・
自然と泰成の姿を追っている自分に気が付いて、苦笑する。
大学時代には恭平に「ケダモノ」とまで呼ばれていた誠一からしてみれば、今回はものすごく頑張っているのだが、 それが泰成に伝わっているかどうかは分からない。
というか、まず伝わっていないだろう。
もっとも、こんなことを考えていると伝われば烈火のごとく怒るに違いない。
一人想像しては、つい笑ってしまう。
こうやって色々なことを想像するのも楽しいが、どうせなら現実のものにしたい。
そのためには、やるべきことは1つ。
「・・・そろそろ本気を出しますかね」
正直、何をすれば信じてくれるのか分からないのだけれど。
何もしないわけにはいかないし、とにかく信じてくれるまで想いを伝え続けるしかないとも思う。
忙しく動いている泰成を見ながら誠一は一人決意し、まずは今夜からとコーヒーを口にしながら今夜の計画を練り始めた。







>> NEXT






05.05.15





top >>  novel top >>