現実的に考えてみる?(4) |
適度な酒は気分を高揚させるが、全てを忘れ去れるわけではない。 飲んでからしばらくは回復したかのように思えた塚原も、ふとした拍子にまたしぼんでいるようだ。 また飲みにでも誘ってやろうかとも思いつつ、何となく躊躇してそのままになっていた。 「で、何を悩んでるのかな?津山ちゃんは」 「別に大した悩みなんてないですよ。仕事も今は落ち着いてますし」 「まあ確かにかなり落ち着いちゃって、心ここにあらずで感じだったもんなぁ?」 「それ、嫌味ですか?」 仕事中何となくぼんやりしていたのを見とがめられ、罰だとか何とか適当な理由で飲みに引っ張られてこられたのが一時間前。 俺も酒には強い方だが、田中さんにあわせていつもより早いピッチで飲み進めたからか、さすがに回ってきた。 自分でもちょっと何を口走るのかが分からない状態なのが怖い。 「彼女いない暦は3年だったか?寂しいんじゃないの」 「まあ、それは確かにありますけど」 「見た目も中身もそんなに悪くもないのになぁ。お前の理想が高すぎるんじゃねぇの?どんなんが好みよ?」 「どんなって言われても・・・」 何でこんな話になっているんだったかと思いつつ、とりあえず考えてみるが、特に思い浮かぶものはない。 学生の頃は、胸は大きいよりちょっと小ぶりな方が良いとかくだらないことまで細かく好みを言い合ったものだが、実際そんなもので相手を決めたこともない。 「そうだなぁ・・・一緒にいて、落ち着ける人ですかね」 「ほー、まあそれが一番だわな。んで、今はいるわけ?そんな相手」 「いやぁ、なかなか・・・」 言いながら、ふいに浮かんだ顔は、前の彼女でも飲み屋のおねーさんでもなく、いつも人懐こい笑顔を浮かべている後輩の顔。 自分でも驚いて、それを振り払うように思わず頭を振ってしまう。 確かに落ち着くが、それは違う。気を遣わなくて良いという類の落ち着きだ。 いや、そもそも毎回毎回落ち着くわけじゃないし、最近は特に意味なく落ち着かなくなるときもあるのだ。 断じて違う。あいつが俺の理想像であるはずがない。 「へー、津山にもついに春がねぇ?」 一人脳内ツッコミを繰り広げているところに、田中さんのニヤニヤ声が絡んでくる。 「・・・やめてくださいよ、その言い方。第一、そんなんじゃないし」 「いやいや俺には分かるよ〜、それはなズバリ恋だよ恋!」 妙に興奮した田中さんにビシッと持っている箸を突きつけられ、とりあえず嫌そうな顔をしておく。 田中さんのテンションは見事に急上昇。いい肴が出来たとばかりに、お酒を追加注文している。 まったく、相手の名前を出さなかっただけ、自分を誉めてやりたい。 と言うか、出してしまった日には即効で辞表でも出したくなる勢いだ。 景気が上がってきたって言ったって、そう簡単に再就職先は見つからないのだから、勘弁してもらいたい。 「んで津山よ。どうなの、その子とは。なぁ?」 「だから、別に何もないですって」 向こうはバカみたいに好きだ好きだと連呼してくれてますが。 ただ、それだけ。どうこうあるわけがない。 「まあ何だって良いさ。気になるなら付き合ってみろ。したら分かるもんだしさ。お前まだ若いわけだし」 「そんなもんですかね」 「若い若い!まぁだ十分遊べる年だ!」 豪快に笑う田中さん(今年40才)を見ていると、確かにまだまだ若造かなと思えてくる。 別に自分の年で老け込んでいるなんて当然思ってはいなかったのだが、微妙にいろんなことを考え出しちゃう年ではあるのは確かだ。 昨年、兄夫婦のところに子どもが生まれたからだろうか?こんなこと考えるようになったのは。 自分の未来像なんてものを想像してみても、全く現実味がない。 「あ、そうだ。この話は塚原にはするなよ?」 しみじみと一人物思いに浸っているときに突然出された名前に、思わず飲んでいたビールが詰まる。 吹き出さなかったのが奇跡に近い。むせそうになるのを必死で堪え、それでも何事もなかったかのように振舞ってみせる。 「な、何でそこであいつの名前が出てくるんですか」 「いや、ただでさえ凹んでるときに大好きな先輩の恋話はショックだろうって。俺だって気ぃくらい使ってんだよ」 凹んでいると称された塚原は、今週もまた飽きることなく腐っては課長の小言を食らっていた。 決して気は長い方ではない課長は、気になったところには誰に対しても平等に声が飛ぶ。 誰が見ても分かるくらい元気のない塚原に対しても当然その声は炸裂するわけだが、内容は仕事のことより「シャキッとせんかい!」と言った感じだ。 それから察するに、最低限の仕事は一応やってはいるようだが、普段はバカみたいに元気な奴が無気力だとどうしても目立ってしまう。 というより、課全体が暗い感じになってしまうので、どうにかして欲しいというのが周りの本音だ。 「津山、何でも良いから慰めてこい!」と無茶を言われたのも、今日だけで何回あったか。 ―――・・・実は、そんな塚原が気になって自分の仕事に身が入らなかった、なんて、それこそ口が裂けても言えないけれど。 「言われなくたって言う気なんてサラサラないですよ。そんなことより、今の話はホント田中さんの勘違いなんですから他の人に変なこと言わないでくださいよ?」 「ハイハイっと。しかしまあ、これで塚原も向こうで彼女でもできりゃあ万々歳、丸く収まるんだけどな」 「向こう?」 「俺も小耳に挟んだだけだから詳しいことはわかんないけどさ。大阪の方に行くとか聞いたぞ?あいつ、実家そっちの方だったっけ?」 「いや、山梨だったと思いますけど・・・」 律儀に答えながら、頭の中では田中さんの言葉がグルグルと回ったいた。 大阪の方に行く、ということはつまり転勤ということだろうか。大阪にも支社はある。塚原も入社3年目ともなれば転勤の話が出たっておかしくはない。 おかしくはないのだけど・・・何で、それを俺に言わない? 「その話、いつ頃から出てたんですかね?」 「辞令が出てるわけじゃないから、まだ本決まりじゃないんだろうけどな。まあ、先月あたりには出てたんじゃないか?」 先月というと、塚原の様子がおかしくなり始めた頃だ。 なるほど、それだと納得できる。 「ん?どうした津山、怖い顔して」 「いえ・・・ちょっと飲みすぎたみたいで」 「何言ってんだ、まだ大して飲んでねぇだろうが」 「そうですね。もう少し付き合ってくれます?」 「お、良い調子だな。明日はどうせ休みだ、とことん行くぞ!」 おうっ!と調子よろしく応えて、胸の辺りで何かモヤモヤしているものを流し込むかのように、飲んでいたビールを一気にあけた。 >> NEXT 08.02.06 |