現実的に考えてみる?(5)





頭がズキズキと痛い。
身体全体が重く、気だるさは起き上がれたのを誉めてやりたいくらいの酷さだ。
完全な2日酔い。いや、3日酔いか。
自分がキーボードを叩く音すらうるさく感じるのだから、相当なものだろう。
さすがに3日連続の飲みはきつかったかと後悔してみても今さらだ。
土曜日の段階で、田中さんに朝まで付き合わされてグダグダになっていたのに、その日の夜も日曜の夜も付き合ったり付き合わされたりとかなりのアルコールを摂取した。
昨日はさすがに抑えたつもりだが、上村との飲みだったから気が楽だったのだろう、正直最後ら辺の記憶は曖昧だ。
「塚原、課長が呼んでるぞ」
「あ、はいっ、すぐ行きます!」
聞こえてきた声にピクリと反応しそちらに目をやれば、慌てた様子で席を離れる塚原が見えた。
人が頭痛に悩まされてるというのに、今日のあいつは元気いっぱいだ。
理不尽なのは百も承知だが、まったくもって腹立たしい。
「津山―、眉間にしわ寄せてっと癖になるぞー」
絶妙なタイミングで隣の席からかかった親切な忠告に、右手でしわを伸ばすように眉間をこする。
「すみません、ちょっと上行ってきます」
「ほいよ」
簡単に断りを入れてから、一服するために屋上の喫煙所へと向かう。
社内が完全な分煙化されてから大分立つが、愛煙家の数はそうそう減らないものらしく、喫煙所にはいつも誰かしらが利用している。
だが、今日は時間が中途半端だったからか、珍しくも誰の影も見当たらない。
何だか得したような気持ちになって、特に急ぎの仕事がないのを良いことに少しのんびりしてやろうと緩慢な動きで煙草に火をつける。
「あ、津山さんも休憩ですか?」
ぼんやりと空を眺めながらの一本が吸い終わりそうな頃、独り占めという贅沢は妙に楽しげな声に破られた。
「・・・課長に呼ばれてたんじゃないのか?」
「あ、はい。で、話が終わったんでそのまま一服しにきちゃいました」
相変わらずの、しまりのない笑顔。
いつの間にか見慣れたそれが、もうしばらくしたら見られなくなるのかと思うと、ちょっと寂しいなんて思ってしまう。
はじめての担当後輩だったからか、それともウザイくらいにつきまとわれたからか。
男相手に好きだ好きだ言われて、悪い気はしないとは言えうんざりしていたのも確かだ。
そんな相手がいなくなると思うと嬉しくてもおかしくないはずなのに、寂しいなんて思ってしまうとは、俺も大概毒されている。
いや、でも誰だってそんなもんだよな。なつかれりゃ、それなりに情ってものも出てくるわけで。

―――・・・難しく考えないで一度自分に素直になってみ?お前にはそれが足りない。

ふいに思い出した、いつだったか上村に言われた言葉。
自分では、そんなにグダグダと考える性質じゃないと思うのだが、確かに塚原のことになると色々と考えてるかもしれない。
でもそれは塚原が・・・ああ、もう面倒くさい。
当の本人は、目を細めて気持ちよさそうに煙草の煙を吐き出している。
俺も大概ヘビースモーカーだが、こいつも結構吸う方だよな。
入ってきたばかりの頃は吸ってなかった気もするんだけど・・・あれ、吸ってたか?俺の前で吸わなかっただけか?
まだ大した年月は経っていないはずなのに、色々なことが曖昧になってきている。
それだけ色々なことがあったってことか。
「・・・お前とは短い付き合いだったけどさ、何か長く感じたよな」
何となく感傷的になって、しみじみと言葉にしてしまう。
ほんわかと間抜け面をさらしていた塚原が、少し驚いたような、やっぱり間が抜けたような顔で振り向いた。
「嫌だな、津山さん。何か、別れのときの言葉みたいじゃないですか」
「近いうちにそうなるだろ?」
「えっ、津山さん、どっか行っちゃうんですか!?」
「どっか行くのはお前だろ?転勤するって聞いたぞ」
「俺がですか!?えっ、どこに?まさかそんな話が出てるんですか!」
「・・・大阪って聞いたけど・・・?」
何だか話がかみ合わない。
塚原は嘘ではなく初耳らしく驚きを隠していなかったが、大阪と聞いて何かに思い当たったらしい。ポンっと手を叩く。
「大阪なら、1ヶ月くらい研修で出ますよ。まだ詳しい時期は決まってないんですけど」
それ以外には思いつかないという塚原を、俺はこれでもかと凝視してしまう。
「最近、様子がおかしかったのは?」
「え?ああ、えーと事あるごとに課長に怒られて凹んでました。や、ミスばっかりしてる俺が悪いんですけど」
「・・・俺を、避けるようになったのは?」
寂しがってたみたいに聞こえるから嫌だけど、気になっていたのは事実なので思い切って訊いてみる。
「いや避けていたというか、1ヶ月も離れるなんて絶対耐えられないと思ったんで、ちょっとずつ練習しておこうと思ったんですけど。でもやっぱりそんなのは無理だし、会えなくなるならその分一緒にいたいなぁって考えを改めました」
―――・・・俺の、ここ何日かのモヤモヤは何だったんだ。
思わず頭を抱えてしまいたくなる。ため息代わりに、新しく火をつけた煙草を思い切り吸い込んで気持ちを落ち着ける。
ああ、また頭がズキズキしてきた気がする。これはもう酒だけのせいじゃないだろう。
「お前な・・・何だよ、その意味不明な思考はよ」
「だって津山さん、俺がいなくなったら忘れちゃうでしょう?俺がどれだけ津山さんのこと好きかってこと」
「・・・忘れたくても、忘れられねぇだろ。あれだけしつこく言われ続けたら」
「何言ってるんですか。言い足りないくらいですよ」
あれだけ連呼しておいて、まだ言い足りないのか、こいつは。
心底呆れた風に「ハイハイ」と適当に返したら、「ひどいなぁ」とぼやく声。
「俺、これまで津山さんほど好きになった人はいないんですよ」
相変わらずの直球勝負。
ムカつくのが、妙にドキドキしている自分自身。
バカみたいに言われ続けて、とっくに慣れたと思っていたのに、何なんだ一体。
落ち着け、俺。冷静に、現実的に考えてみろ。
こいつは男で、後輩で、アホで・・・でも、一緒にいて一番落ち着いていられるヤツ、かも。恐ろしいことに。
「津山さん?」
「―――・・・今週、お前がでかいヘマしなかったら、金曜にでも飲みに連れてってやるよ」
唐突な提案に塚原は少しだけ驚いた顔を見せて、それから満面の笑みをつくる。
「はいっ!あ、二人でですか?」
「不満なら田中さんも誘うけど?」
「二人きりでお願いしますっ!」
本気で頭を下げる塚原に苦笑して、「まあ頑張れよ」と言い残して先に喫煙所を後にした。

難しく考えるなと言うなら、めんどくさいことは考えないでおく。
塚原といると落ち着けるなら、今までどおり普通に接していれば良いのだ。
そう結論づけたら、妙に気持ちが軽くなった。胸の鼓動はまだ少し早い気もするけれど、それは気のせいだと言い聞かせることにした。





「津山さん!春の予感って何ですか!?ま、まさか、付き合ってる人とかっ」
「知るかっ!田中さんが適当に書いたんだよ」
「本当ですね?俺以外の人となんて付き合わないでくださいね!」
塚原の様子もすっかりいつも通りに戻った頃、社報を片手に塚原が半泣きで喚いてきた。
相変わらずギャーギャーやかましい。
それでもこのやり取りも嫌な気がしないのは、単なる慣れのせいだろうか。

その答えに気がつくのは、まだ先の話。






END





08.03.11


>>TOP  >>NOVEL