現実的に考えてみる?(2)





「なぁ、塚原どしたん?」
「俺に訊かないでくださいよ」
先ほど課長に呼び出されたと思ったら、フラフラと戻ってきて今は自分のデスクで屍と化している塚原を指して、田中さんが小声で耳打ちしてくる。
塚原の周りからは煙が見える気がするほど、どんよりとしたオーラを放っていて、正直うっとうしい。
「津山ぁ、お前なにかしたのか?」
「だから何で俺ですか」
「だって、あいつがあそこまで落ち込むなんて、津山絡みしかないだろう」
や、そんなことないと思いますけど。
塚原に対してはキツい言動をとってしまうことはそれなりに自覚はしているが、今回は特に何かをした覚えはない。
まあ良く分からないところで喜んだり落ち込んだりしてるヤツだから、自信を持って俺が原因じゃないと言い切れないところもあるのは否定しないけれど。
「大方、何かヘマでもして課長に絞られたんじゃないですか?」
先ほどの状況からしても、その説が一番しっくりくる。
真相を本人に聞けるような状況ではなく、結局その場はしばらく放っておこうという話で収まった。



最近、塚原の様子が変だ。
変なのはいつものことだけど、いつにも増しておかしいのだ。
思い返せば、妙に落ち込んでいたあの日からずっと様子がおかしい気がする。
まず、妙に溜め息の数が多い。
またくだらないことで悩んでいるのかと思ったが、本人に聞いても「仕方ないんですけど・・・」なんて意味深なことを呟いただけで、あとは特に何もないの一点張り。
次に、俺に絡んでくる回数が限りなく減った。
職場では普通に話すし、相変わらずにこにことバカ面は見せているけれど、二人になると何だか素っ気無いし、ちょっと困った顔を見せる。
田中さんが飲みに誘うときの常套文句、「津山もいるから来い」にものってこないという。

「それってさー、結局お前が寂しいってこと?」
「っていうより、あれだ。調子が狂う」
つまみで頼んだ焼き鳥の串をくわえて、行儀悪く上下に動かしながら友人の言葉に応える。
大学時代の同期である上村から、久しぶりに飲まないかと誘われたのが昨日の夜。
互いの近況を話しているうちに、気がついたら塚原の話になっていた。
何でこんな話になっているのかと思わなくもないが、上村は昔から聞き上手というか聞き出し上手で、気がついたら何話してるんだ?と思うこともいつものことだ。
事実、塚原に告白されてることまで、前に話してしまったことがある。
そのときは何故か「俺は後輩くんを強く応援する!」なんて宣言されてしまったが。
「でも気にはなるわけだ?」
「まあ、後輩の様子が変なら気にもなるだろ。特にあいつの場合は、何かを考え込むとか抱え込むとかってタイプじゃないし・・・何だよ?」
妙に視線を感じると思ったら、にやにやとした笑顔とぶつかった。
こういう顔をするときの上村は、ろくなことを考えていない。
「後輩だからとかじゃなくってさー、お前も好きなんじゃん?後輩くんのこと」
「ばっ、ばか!んなわけあるかっ!」
「良いじゃん、可愛いじゃん後輩くん。オレならありがたく好意を受け止めるね」
「・・・お前、楽しんでるだろ?」
「あ、分かる〜?」
こいつはこういうヤツだった。
一気に脱力した身体をどうにか奮い立たせて、再度抗議に入ろうとしたとき、上村の携帯が鳴った。
「はいはーい。・・・今?津山と飲んでて・・・ああ、大丈夫大丈夫。もう終わるから。・・・うん、じゃあ30分後に」
「お誘いか?」
「悪いな、久しぶりに早く終わったんだそうだ」
悪いと言いつつ、すでにその手はカバンに伸びている。
そこから財布を取り出しただけ、誉めてやるべきか。
「ハイハイ、いってらっしゃい」
久しぶりに会えると浮かれているこいつを止める気もなければ術もない。
それに、こんないい加減そうなヤツなのに、自分よりはるかに忙しいらしい恋人を本気で好きなこいつは、バカだと思う反面羨ましくもある。
「悪いな。っと、そうだ。難しく考えないで一度自分に素直になってみ?お前にはそれが足りない」
「―――・・・うっせーよ、はよ行け」
上村の言葉に一瞬固まったが、しっしっとばかりに手のひらを振って急かしてやる。
今度こそ上村は、それはもう飛び出す勢いで出ていき、残されたのは運ばれてきたばかりの料理と、さっきの言葉。
素直になれと言われても、正直何がしたいのか分からない。
てか何であんな話になったんだっけ?
・・・そうだ、最近あのバカの様子がおかしいって話だ。
気になるのは確かだ。でも、俺だけじゃない田中さんたちだって様子がおかしいことに対して気にしてる。
俺の場合は、会社以外でも大分親しくしてるから余計気になるだけで。あとは性格の問題。
『お前も好きなんじゃん?』
そりゃ、好きは好きだけど。塚原の好きと俺の好きは違う。
塚原といると落ち着く。気を使わなくて良いし、バカだけど話してて嫌な気はしない。
だけど、何だか居たたまれない気持ちになったり、ふいに怖くなったりもする。
何でだかは分からないけれど・・・全部、塚原のせいだ。そう思うことにした。
「・・・このまま手をつけずに帰るのはもったいないよな」
目の前に並んだ料理はほとんどが酒のつまみ程度のものだが、調子に乗って頼んだだけに量はかなりある。
とりあえず飲み足りない。
かといって、一人で飲むのも何だか侘しい。
少しだけ考えてから、携帯を取り出し、メール画面を開く。
『いつもの飲み屋。20分以内に来い。1分でも遅れたら帰る』
自分でも無茶苦茶だなと思うけど、酔っぱらいのすることだから仕方ない。そういうことにしておこう。
一人自分に言い聞かせていると、5分もしないうちに着信が入る。
『走っていきます!絶対行きますから、待っててください!!』
―――・・・いつもと、変わりないか?
早々に切れた携帯をぼうっと眺めながら、何となくホッとしてる自分に気付く。
上村が変なこと言うからだと心の中で文句を言いつつ、塚原が来るまでにもう一杯とばかりに新しいビールを注文した。






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07.12.05


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