現実的に考えてみる?(1) |
忘れていたわけではなかったのだ。 ただ、あまりにもそれが日常になりすぎていただけで。 ・・・やっぱり、忘れていたのかもしれない。 津山瑞樹、27才。 大学卒で入社し、現在5年目。 同じ部署の人たちとの関係も順調、仕事にも慣れ楽しくなってきている。任される仕事も増え、面倒見も良い彼はチームからの信頼も厚い。 私生活では、彼女がいない歴が3年になるのが少々寂しいところだが、この度彼にも新たな春の予感が 「って田中さん、何やってんすか?」 「んー?部署案内、人物編。社報に載せるから適当に一人ピックアップして書けって上から言われたからさ」 やたら楽しそうにしているから何をしているのかとパソコンを覗き込んでみれば、そこには半分捏造された自分のプロフィール。 呆れながらも声をかければ、先輩である田中さんはまったく悪びれる様子もなく応えてくる。 それどころか、上手く書けてるだろ?と満足そうに言われては、もう笑うしかない。 もっとも、乾いた笑いしかでなかったけれど。 「だからって俺を使わないで下さい。大体、新たな春の予感って何ですか?嘘をさらりと書かないでくださいよ」 「あながち嘘でもないだろ?」 ホレ、と指差された方を見れば、入り口近くの席で何やら必死に書類とにらめっこしている男が目に入る。 しばらく一人で唸っていたが、こちらの視線を感じたのかふいに顔をあげ、さらに視線の主が誰か分かると満面の笑みで手を振ってくる。 予定に反して挙げられた右手によって山となっていた資料を崩し、妙な悲鳴を小さく上げて慌てて拾い集めている。 「ただのバカですね」 「ああ、バカだな。んでも愛されてるだろ?津山ちゃん」 「そうですか?むしろ面倒見っぱなしですよ、俺」 酷い言われようをされているとは思いもしない塚原は、にこにこと気味が悪いくらい上機嫌になって作業を再開している。 が、浮かれていたのも一瞬。すぐに難しい表情でまた唸りだした。 仕事に真剣といえば聞こえは良いが、端から見てたらやはりバカとしか思えない。 「あいつ、今なにを担当してるんでしたっけ?」 「集計じゃなかったか?津山、ギリギリまで手伝ってやるなよ」 「当たり前ですよ」 はじめは、入社したばかりの塚原の教育係で、基礎からじっくりと面倒を見てやった。 それから2年後の現在、同じ部署の先輩として仕事面では当然、さらに飲み会で潰れたヤツの面倒まで見る始末。 それはまあ構わない。いや、構わないわけではないのだが、お人好しだとか面倒見が良いだとかは昔から言われてきたことで、今さらそんな性格は変えられない。 例え、ただ貧乏クジを引いているだけだと自分で分かっていても、仕方ないのだと諦めている。 さらに、塚原自身が素直でまあ可愛いげがあるヤツなので、つい面倒を見てしまうというのも分かっている。 図体でかいくせに愛想は良くて威圧感など何もない。単純で要領悪く、加えてバカだけど、きっとヤツは誰からも可愛がられるタイプだ。 そんな後輩が、何を思ったか男の俺に告白してきたのが半年ほど前だ。 酔っ払いの戯言だと思ったのだが、どうやら本気だったらしく、しかも開き直ったのか事あるごとに好きだ好きだとやかましくまとわりついてくる。 田中さんをはじめ、同僚たちはさすがに恋愛感情とまでは思っていないようなのが、まだ救いだろうか。 「無事に終わったらデートしてやるとでも言えば、凄い速さで終わるんじゃねぇ?」 「なんで俺があいつのために自分を売らなきゃいけないんですか」 「またまたぁ。あれだけ好かれたら、男冥利につくってもんだろ」 「あんまり嬉しくないですけど。とにかく、俺をネタにするのは止めて下さい」 「だって面白いんだもん、お前ら」 「複数形でまとめるのも止めて下さい・・・」 一気に脱力した俺を、脱力させた張本人が慰めるようにポンポンと背中を叩く。 何を言っても無駄だと悟った俺は、これ見よがしに溜め息をついてから自分の席へと戻っていった。 「あ、津山さーん。今日はもう帰られるんですか?」 バカでかい声に振り向けば、ニコニコと笑いながら近寄ってくる塚原の姿。 昼間は死にそうな顔をしていたくせに、その数時間後には明るさを取り戻しているのだから凄いと思う。 「おー。お前こそ帰れるのか?昼間、相当詰まってたみたいだけど」 「もうダメだーって思ったんですけど、気分転換に屋上で体操してきたら意外と進みました!」 あ、でもまだ全部終わってないんですけど。 ガッツポーズを見せた直後に、今度は弱気な態度。 こういうところが、こいつの強みなんだろうなぁとしみじみ思う。 素直に感情を出せるのは、簡単なようで実は難しい。 思うだけで口には出さないが、羨ましいところではある。 「津山さん、今日は時間あります?良ければ、夕飯食べて帰りませんか」 「それは構わないけど、飲まないからな」 「はい!あ、でもビール1杯くらいなら良いですか?」 「・・・俺に迷惑さえかけなきゃ構わないけど」 了解しました!なんて声高らかに宣言した塚原は、確かに酔いつぶれるなんてことはなかったが、二人きりなのを良いことに好きだ好きだと思う存分わめいてくれた。 こいつの恐ろしいところは、無意識で言っているところだ。 もう何を言っても無駄だと悟った俺は、多少のことなら聞き流せるまでになった。 つまりは、慣れたってこと。 我ながら素晴らしすぎる順応性だと思うが、居心地は悪くないからまあ別に構わないかななんて、その時の俺は軽く考えていたのだ。 >> NEXT 07.11.29 |