BE THERE  (9)





その光景が目に飛込んできた瞬間、身体中の血が上昇するのを感じた。
そして真希の姿を認めた次の瞬間には、湧き上がる怒りが留まることなく溢れ出した。
「てめっ・・・!」
「玲二!」
ガシッという大きな音とともに、玲二の体が盛大に倒れる。
それに透が慌てて駆け寄り、真希は目を見開いたまま立ち尽くす。
「省吾・・・・・・?」
拳を握り締めたまま肩で荒く息をする幼馴染みの名を、恐る恐る呼ぶ。
だが省吾はそれに応えることもなく、倒れたままの玲二を睨みつけている。
何でここにいるのか。
何で突然玲二を殴りつけたのか。
まったく分からなくて、真希はただ呆然と見やることしかできない。
だって、こんな省吾は見たことがない。
明らかに何かに怒ってるのは分かる。
だけど今までの彼ならその怒りすら外に向けることはなかった。
不機嫌そうにすることは多々あっても、それゆえ雰囲気が近寄りづらくなることはあっても、こんな風にあからさまに表すなんて・・・・・・
「省吾?」
もう一度呼ぶと、ようやく視線があう。
だがその鋭さに、真希ですら一瞬怯んでしまう。
「あ・・・・・・」
ふいに反らされた視線に。
今度は何だか泣きそうになる。
ねえ、省吾。お前は今、何を考えている?
「やってくれるね、三上くん?」
思わず俯きかけたとき、玲二が殴られた頬に手をあてながら立ち上がる。
突然殴られたにもかかわらず、その表情には笑みを浮かべて、省吾の前に歩み寄る。
「・・・一発じゃ足りないか?」
「いや、もう十分。第一、そう何発も君に殴られる義理はないからね」
省吾の気がピリッと動く。
また殴りかかるのかと真希はハッと構えたが、省吾は動かなかった。
見れば、玲二も透もすでに冷静を取り戻していて、真希だけが今の状況に困惑している。
「真希くん」
「えっ、あ、はい?」
「さっきの返事、もう一度ちゃんと聞かせてもらって良いかな?」
「え、さっきのって・・・」
「僕と付き合うかどうかってこと」
「・・・・・・っ」
ここには省吾だっているのに、何でそんなことを言い出すのだろう。
そんな気持ちが表に出たのだろう、玲二は少し苦笑を漏らしながらも、意志の強い目で先を促す。
省吾も透も何も言わないけれど、確かに目は向けられていて、真希は逃げ場を失う。
もし叶うのならば、今すぐにこの場を逃げ出したいほどの、緊張感。
「・・・会長には悪いんですけど、やっぱり無理です」
どうにか絞り出した声は、少し震えていた。
「さっきはあんなに近寄ることを許してくれたのに?」
痛いところを突かれて、言葉に詰まるが、それでもどうにか頷く。
さっきは正直流された自覚はある。
思い出すだけでも恥ずかしいけど・・・あそこで省吾たちが乱入してきたことにホッとしてるのも事実。
それは、省吾の顔を見て、はっきりと分かったから。
自分が誰を求めているのかを。
「こんなに良くしてくれて、それは凄く嬉しかったんですけど」
一度言葉を切ってちらりと省吾を見るが、相変わらずの無表情。
いつから分からなくなったんだろう?
俺だけは、どんなときでも省吾の気持ちが分かっていた気がするのに。
「俺の、気持ちは1つです」
それでも好きだから。
もう欲張らない。
ただ側にいてくれるだけで良い。
・・・・・・それが、どんな形であっても。
「あははっ、水島くん最高!」
一瞬生まれた沈黙を破ったのは、透の笑い声。
我慢できなくなったという様子で吹き出し、そのままおかしそうに笑っている。
「すごいね、三上。こんなに想ってくれてる子なんて、他にいないでしょ?」
「・・・・・・」
「それでもまだ信じない?ああ、信じられないのは自分の方なのかな?」
真希には何の話をしているのかは分からないが、省吾にはその言葉の意味が伝わっているらしい。
ピクリと小さく反応しながら、それでも省吾は何も答えない。
否、答えられないのかもしれない。
ただ悔しそうに透を睨みつけるだけ。
「時には素直にならなければ欲しいものは手に入らない。それどころか、今手にあるものも逃してしまうことになる。良い教訓になっただろう?」
「・・・・・・帰るぞ、真希。これ以上、付き合ってられない」
「えっ、ちょ、省吾!?」
突然腕を引っ張られてバランスを崩すが、何とか踏みとどまる。
だが、それに構わず省吾はそのまま入り口の方へ向かっていく。
真希には一体何が起こっているのか把握できないが、省吾は相変わらず不機嫌を隠そうともしないので逆らうこともできない。
「真希くん」
背中から玲二に呼び止められるが、省吾に引っ張られているために止まることはできない。
それでも何とか視線だけを送れば、ひらひらと手を振りながら笑顔を向けられる。
「話が終わったら戻っておいで。種明かしをしてあげる」
何のことだから分からず、その意味をきちんと聞きたかったが、それはしっかりと省吾に掴まれた腕によって叶わなかった。




無言のまま引っ張られ、困惑しながらも大人しく従っていた真希が連れてこられたのは、あまり使われることのない資料室。
そこでようやく立ち止まったのは良いが、省吾は一向に何かを話す気配はない。
引っ張るために掴まれた腕は、そのままで。
「省吾・・・?」
いつにない省吾の行動に困惑しながら、それでも小さく名を呼べば、ようやく伏せられた視線が真希に向けられる。
「お前は・・・」
言いかけて、珍しく言い淀む省吾に、真希は首を傾げる。
それでも一言も聞き逃すものかと全神経を省吾へと向けて次の言葉を待てば、少しの間の後に、省吾は覚悟を決めたように口を開く。
その言葉に、真希は思わず目を見開いた。

「お前、俺のこと好きなのか?」







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06.05.06





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