BE THERE  (5)





いつから、側に真希がいることが当たり前になったのだろう。

あれは、まだ幼稚園に通っているときのこと。
「ねえ、省吾くんもあっちでお友だちと一緒に遊ばない?」
たぶん新米であろう若い保育士は、無表情で自分を見つめる省吾に精一杯の笑顔を向けて話しかける。
一人で遊ぶことを好む省吾を気にかけ、何かと構ってくる先生。
正直、放っておいてくれと思っていた。一人でいた方が、気楽なのにと。
周りの同級生たちも、一緒になって遊ばない省吾には、あまり話しかけてこないというのに。
「何やってんだよっ!早くしろよ、しょうごっ!」
そんな中で、真希だけは違った。
遠慮もなしに近寄ってきて、気が付いたら振り回す。
そのくせ、それが嫌な気にならない、唯一の存在。

省吾は、元々人付き合いがうまい方ではない。
そもそも、感情が表に出にくいのだ。昔から、愛想も可愛げもない子どもだった。
何が原因でというわけではない。
両親は共働きだったが、それでも忙しい時間の合間を見つけては、きちんと構ってくれていた。
それに対して、省吾も応えようとしていたのだが・・・どうしてもうまくはいかなかった。
両親が困惑していたことには、当然気が付いていた。
それでもうまく笑えなくて、しかし成績も素行も問題ない息子に対して、両親も次第に何も言わなくなっていった。
「お前はどこか壊れてる」
いつだったか叔父に言われた言葉は、そうかもしれないとストンと胸の中に入ってきた。

「俺は省吾のこと好きだよ」

そのまま自分の殻に閉じこもりそうになった省吾を救ったのも、また真希だった。
純粋で、嘘偽りのない言葉と笑顔。
手放したくないと思ったのは、いつの頃だっただろうか。
だけど、それは恋愛感情などではなく、ただ自分を認めてくれる存在としてのことだと思ってた。
どちらにしても、省吾は自分の感情を表に出すことはできず、動き出すこともできなかった。
そして、次第に距離を感じるようになって、そんなものなのかなんて思い始めた。
距離を置いたのは、自分の方かもしれない。
真希の周りには、自然と人が集まる。だけど、その輪に入っていくことも、入りたいとも思わなかったから。

「俺はっ、省吾のことが好きだから!」

3ヶ月前、朝の迎えをそろそろ止めようかと真希に言い出したときに、真希はそんなのは嫌だと言い、その後突然叫ばれた。
まるで怒ったかのように、顔を真っ赤にさせて、そのくせ顔は今にも泣きそうだった。
今までと同じ意味での言葉でしかない、そう頭のどこかで訴えているのに。

「・・・じゃあ、付き合う?」

思わず漏れた言葉に、誰よりも自分自身が驚いた。
妙に必死な様子の真希に何か応えなければと、らしくもなく思って。
そんなこと、できるわけないのに。気が付いたら言っていた。
だが予想に反して、真希は目が落ちるんじゃないかと思うほど丸くして・・・それから、綻ぶように笑ったのだ。
・・・ああ、そうか。
そのとき初めて、自分の感情が何なのか、分かった気がした。


『俺と省吾の関係って何?』

昨日、唐突に問われたこと。
好きだと言われて、じゃあ付き合うかと言えば、真希はそれに頷いた。
ならば、そういう関係ではないのだろうか。
だからと言ってすぐには態度を変えられず、さらに最近では真希に欲情するようになってしまったから、早々近寄ってもいられないのだが。
いまだに警戒心なく無邪気に懐いてくるくせに、時々怯えた様子を見せる真希に、どう振舞って良いのか分からない。
学校で見る真希は常に誰かが側にいて、俺に向けるよりも楽しそうな笑みを惜しげもなくさらしている。
正直、真希が俺を好きだといってくれてることさえ、嘘なんじゃないかと思うほど。

「三上省吾くん?」
ふいに名前を呼ばれ、振り向けばそこには生徒会長の姿。
ほとんど人が来ない資料室に、今まで話もしたことがない男が立っていれば不審に思わざるを得ない。
そして透の言葉を真に受けるならば・・・真希を、狙っている男だ。
「・・・何か用ですか?」
自然に声が鋭くなるのは自覚していたが、それをどうこうしようとは思わない。
「はは、噂通り怖いね。別に取って食いはしないから、ちょっとだけ話したいことがあって。透が、ここにならいるんじゃないかって教えてくれたから」
省吾はどちらかというと一人でいることを好むが、一人になれる場所なんて学内では限られている。
それを透は知っているということなのだろうけれど・・・正直、面白くない。
「話っていうのは、真希くんのことなんだけど。・・・彼、俺がもらっても良い?」
ピクリと片眉が上がる。
不適な笑みを浮かべている目の前の男が、何を考えているのかが分からない。
「昨日ね、真希くんに付き合ってって言ったんだけど、どうもハッキリ答えをもらえなくてね。訊いたら好きな人がいるらしいけど、どうやら付き合ってるわけでもないみたいだし」
「・・・それを俺に話してどうするんですか?」
苛々が増殖する。
この男の顔も、言葉も。・・・真希の、話も。
「別に?でも君だけ蚊帳の外だったら不公平かなと思ってね。1週間後にね、返事をもらうことになっているんだ。その好きな人と俺と、どっちと付き合うかを」
「・・・・・・それは、俺じゃなくて真希が決めることでしょう?」
「それもそうだね。でも・・・恋愛って、結局素直になったもん勝ちだよね?」
それだけだからと言いたいことだけ言って去っていく玲二に、省吾は苛立ちを抑えきれなくなる。
「・・・くそっ!」
蹴りつけた机は大きな音を立てて、何個かを巻き添えにして盛大に倒れる。
いつの間にか握り締めていた拳はには爪が食い込み、うっすらと血が滲んでいた。







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06.04.08





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