BE THERE  (2)





幼馴染みだなんて言っても、関係は酷く曖昧だ。
ただの気のあう友だちとも違うし、家族でもない。
近くて遠い、それでも側にいることは当たり前の存在。
・・・・・・常にそばにあることは、当たり前だと、思っていたのに。






「三上、考え直してくれた?」
「・・・」
放課後、屋上に寝そべってぼんやりと考えていると、ふいに声をかけられた。
にこにこと近づいてくる男に、心の中で溜め息をつく。
上半身を起こし、無言のまま睨みつければ、怯むこともなく笑顔を返される。
省吾は今度こそ聞こえるように溜め息をついた。
「・・・あの話なら、もう何度もお断りしたはずですが?」
「うん。でも、僕はまだ諦めてないから」
「・・・失礼します」
これ以上話しても無駄だ。
そう判断した省吾は立ち上がろうとするが、それを遮るかのように男―――木下透は口を開く。
「水島君、だっけ?・・・噂どおり、可愛い子だね?」
ふいに告げられた名前に、ピクリと反応してしまう。
それに気を良くしたのか、透はおかしそうに微笑みを深めた。
「真希に、何を?」
「今朝ね、会ってきたの」
歌うように告げられた言葉に、思わず振り返って睨みつける。
「やだな、別にどうこうしようってわけじゃないよ。ただ三上の恋人に、ちょっと興味があっただけ」
ふふっと口元で笑う男に、省吾は呆れてモノが言えない。
「・・・その性格を、学園中にバラしてやりたいくらいだよ」
目の前の男、木下透は学園内でも神聖視されるほどの男だ。
綺麗な顔立ちで、さらにいつも微笑みを浮かべている優しい王子様。
だが実際は、こうやって人のことをからかってくるヤツだ。
省吾にとって、ただの二重人格者にしか見えないし、その微笑だって含みがあるものにしか感じられない。
「バラしても別に構わないよ?だって僕は別に隠してないんだから」
「嘘付け」
にっこりと笑って嘘を吐く透をもう一度睨みつけて。
省吾は今度こそこの場を離れようと歩き出す。
「ねえ、三上?」
透も今度は止めようとはしないまでも、声だけで追ってくる。
「水島君が恋人ってことは、否定しないんだ」
さも楽しそうに、くすくすと笑いを含んだ声。
それには何も応えず、省吾は今度こそ屋上を後にした。





「あ、おかえりー」
省吾が家に帰ると、そこには既に真希の姿があった。
そのこと自体は、大して不思議なことではない。 真希の家には、何かあったときのためにと省吾の家の合鍵を預けている。
それを使って昔から真希はよく省吾の家に来ていた。
・・・最近は、それもあまりなかったのだが。
「何の用だ?」
「んだよ、何か用がなきゃ来ちゃいけねーのかよ」
ムッとして言い返してくるが、そのまま帰る気配はない。
最近で用もなく来たことがあったか?
喉まで出かかった言葉は、あと少しのところで飲み込まれる。
「じゃあ、何も用はないんだな?」
「う・・・や、ちょっと訊いて欲しいことが・・・」
ほらみろと思うが、それも表には出さない。
大体は何の話かは想像がつくが、このまま放っておくわけにもいかないから。
視線だけで先を促せば、真希は少しためらった後に、覚悟を決めたように話し始める。
「あのな、今日木下先輩が俺を訪ねてきたんだよ」
「・・・」
「あの木下透先輩がだよ!?省吾も知ってるだろ?うちの学園の王子様」
あんな王子様がいてたまるか。
・・・ああ、勝手で我が侭なところはある意味王子様だな。
心の中でツッコミをいれながら、話しながら次第に興奮していく真希の話に耳を傾ける。
「もう俺マジでビビってさー。しかも、いきなりお願いがあるとか言われるし。もう、ホント何事かと思ってさ!」
「お願い?」
「そう、生徒会に入る気はないかって。っていうか、もうすぐ選挙あるじゃん?それに出てみないかって。俺がだよ?もうホント何言われてんのかと思ったよ」
・・・あのやろ、何考えてやがる。
つい数時間前に見た不敵の笑みを思い出し、省吾は思わず忌々しげに舌を打つ。
それに反応したのは、省吾の考えなんて思いもよらない真希だ。
「省吾?」
明らかに不機嫌な様子の省吾に、何か変なことを言っただろうかと不安になる。
「・・・お前には無理だろ」
「は?」
「いつも赤点ギリギリのお前に、生徒会なんて務まるわけがない」
冷たい言葉と、同じくらい冷ややかな視線。
そもそも自分の成績よりもかなり上の高校で、入れたことすら奇跡に近い。
省吾の言ってることは紛れもない事実で、真希自身も生徒会なんて柄じゃないと思っていた。
実際に断ろうと思っていた話ではあるが、話も聞き終わらないうちに決め付けられるのも、面白くないわけで。
「んだよっ、やってみなきゃ分かんないだろ!?木下先輩だって、成績は関係ないって言ってくれたし!」
「そんなこと、言うだけならいくらでも言える」
どこまでも冷たい態度に、真希も頭に血が上る。
「もういいよっ!省吾に相談しようと思った俺がバカだった!!」
何だか酷く悔しくなって、真希は叫ぶと思い切り扉を閉めて部屋を出て行く。
その様子に、残された省吾が溜め息をついていることには気づかずに。

「あんな言い方しなくたっていいじゃん・・・」
苛立ったまま玄関を出て、そのまま寄り掛かるように身体を預ける。
ふっと力を抜くと、怒りよりも悲しさの方が強まってくる。
今まで近くに寄ったこともない人からの急な話に、本当に驚いて。
とにかく相談したくて・・・それと同じくらい、何でも良いから話したかっただけ。
それだけなのに、ろくに話もできずに、結局は怒りに任せて出てきてしまったのだ。
当然、省吾が追ってきてくれるようなことはない。
「・・・やっぱり、好きなのは俺だけなのかな」
どうしても感じてしまう距離。
あのときの言葉も、時間がたつにつれて何かの間違いだったのではないかと思う。
視界がぼやけてくるのに、真希は振り切るように自分の家へと走り出した。







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06.03.27





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