本当の恋人  (1)





”俺も、和宏のことが好きだ”

あのときの柘植の言葉を疑っているわけじゃない。
だけど、やっぱり不安になるのだ。
柘植は本当に、僕の恋人なのだろうかと。
僕にとって都合の良すぎる展開に、実は夢を見ているのではないかとも思う。
ただ、そのことを柘植に伝えることは、出来ないのだけれど。







「お待たせ、和宏」
笑顔とともに教室に入ってきた柘植に、無意識にホッと息をつく。
柘植の部活が終わるのを待って一緒に帰ることは、想いを伝え合う少し前からの習慣になっている。
今はもう特に約束をしているわけではないけれど、僕は勝手に教室で待ってしまう。
だから、部活が終わってから教室に現れる柘植を見ると安心するのだ。待ってて良かったのだと言われているようで。
「いつも悪いな、待たせて」
「ううん、全然」
だって僕が勝手に待っているだけだし。
それに一緒に帰れるのは嬉しいのだ。そのために待っていることは、全然苦ではなかった。
「そうだ、和宏。今度の日曜、暇か?」
「うん」
「じゃあさ、買い物付き合ってくれない?」
「うん、いいよ」
柘植からの誘いも、とても嬉しいこと。
それをうまく伝えられない自分が不甲斐ないけれど、それでも柘植が側にいて笑っていてくれるから、幸せを感じている。
だけど、今の状態と、友達だった時と。
その間に違いはないんじゃないだろうかと考えてしまうのも、また事実だった。
もちろん自分の気持ちが柘植に伝わっている分、全然違うんだろうけど。
「悪いな、いつも俺に付き合わせて」
「ううん、全然そんなことないよ」
「和宏も何かしたいことあったら遠慮なく言えよ。付き合うから」
「うん、ありがとう」
柘植は優しい。
友達だった時も、まだ本当の恋人じゃなかった時も、もちろん今だって優しくて、いつも僕を幸せな気持ちにしてくれる。
だけど、その優しさに時々思う。
柘植は優しいから、だから僕の想いに応えてくれたんじゃないかって。
だって、あの時抱きしめてくれて以来、一度も触れ合っていない。
側にいて笑ってくれるけれど、手を繋ぐことさえ叶わないのだ。
恋人なら、触れたいと思うよね?
少なくとも、僕はそうだし・・・
「さて、んじゃ帰りますか」
「あ、柘植っ・・・」
「ん?」
「・・・ううん、何でもない。帰ろ」
反射的に名を呼んで、でも何も言えなくて。
訊きたいのに、怖くて訊けない。確かめられない。
ハッキリさせて、柘植を失うのが怖い。一度知ってしまった優しさを、簡単に手放すことが出来るとは思えないから。

ねえ、柘植。僕は信じていて良いんだよね?
今の僕には、そう声に出さずに前を歩き始めた柘植の背中に問い掛けることしか、出来なかった。







「欲しいもんも買えたし、俺の用事はすんだけど。和宏どこか行きたいとこある?」
「うーん・・・ちょっと疲れちゃったから、どこか入らない?」
「そうだな。じゃあ、そこらの喫茶店でも行くか」
「うん」
日曜日、約束どおり二人で出かけた。
これは一応デートなのだと思う。だって、付き合ってる二人がこうして一緒に出かけているのだから。
だけど、ただの友達と買い物という感覚もないわけではない。
こうして本当に付き合う前からも、こんな風に二人で出かけていたりしていたからだろうか。
・・・手、僕から繋いでみようかな。
少し前を歩く柘植の手を見ながら、思う。
手を繋ぐなんて友達だった時はしなかったし、それだけで恋人っぽくないだろうか。
でも人前じゃ変だよね、男同士だし。それよりも何するんだとか振り払われたら?
・・・立ち直れないかもしれない。でも、恋人なら手ぐらい繋ぐよね?
どうしよう・・・

「和宏?」
「えっ?」
「や、何かボーっとしてたから。どした?」
「あ、ううん。ちょっと疲れただけ」
一人で考えているうちに柘植の手ばかりに集中していた僕に、柘植が声をかける。
それに慌てて返す僕に、柘植は少し心配そうな顔を見せる。
だが、それ以上は何も言わずに、他の話題に移る。それに、気付かれないようにホッと息をつく。
いけない、また柘植に心配かけちゃう。
そう思って笑顔を見せるけれど、やはり気持ちは別のところにもっていかれてしまう。
柘植とどうしたら手を繋げるか。

そればかり考えていた僕は、その様子を不審そうに見ている柘植に気がつくことはできなかった。







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04.12.15




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