a ray of light (1) |
母親は、俺を産んですぐに死んだ。 だから当然、俺は母親の顔を知らない。 父親は優しい人だが、それ以上に仕事人だった。 一緒に遊んでもらった記憶は、小学校の2年くらいまでか。 だからと言って父親を憎いと思ったこともないし、何のために彼が必死で仕事をしているのかも知っていた。 何かと心配症な父親に、幼心に心配をかけないようにしなければと思った。 その結果・・・俺は、いつの間にか愛想笑いを覚えていた。 中学に入ると、それはもう完全に定着して。 今笑っている自分は本物なのか演技なのかも、自分では分からなくなっていた。 声をかけられたのは、ちょうどその時期。 中2になったばかりだったと思う。 「ねぇ、そこの君?」 「・・・何ですか?」 「あはは、そんな怖い顔しないでよ。別に取って食おうってわけじゃないんだから」 学校帰り、何気無く通った裏道。 何がオカシイのかよく笑う女は、マリコと名乗った。 特別に美人というわけではなかったが、妙に綺麗な女は、やはり笑みを浮かべたまま話を続ける。 「君、名前は?」 「・・・十夜」 「トオヤ。良い名前ね。でも、今のあなたには似合わない」 突然ケチをつけられて思わずムッとする。 すると、マリコはまた笑みを深めた。 「そう、あなたは少し感情を出した方が良いわ。その方がずっと男前」 言い方や態度は癇に障るのに何故か憎めず。 誘われるまま、マリコが出している小さなバーのような店に連れて行かれ、その妙な出逢い以来、思いついたときにはよく行くようになった。 ここでは自分を飾らなくて良い。 負の感情もありのまま出せる。 それが居心地が良い、そう思っていた。 それから3年。 それなりのランクの高校に進学した俺は、当然優等生を演じていた。 その反面、気が向けばマリコの店に出向くといった、相変わらずな二面性の生活をしていた。 父親から話があると言われたのは、久しぶりに二人で夕飯を食べているときだった。 「再婚?」 「ああ、会社の人でな。相手も旦那さんと死に別れて、二人のお子さんがいるんだよ。確か上の子はお前と同い年だったかな」 「へぇ・・・じゃあ一気に家族が増えるね」 「・・・反対しないのか?」 「父さんが幸せになるのに、賛成しないわけないだろ?それに、俺も兄弟が出来るのは嬉しいしね」 そう慣れた笑みを浮かべれば、父さんはうっすらと涙まで浮かべて嬉しそうに何度も頷いていた。 そして、笑顔の下で妙に冷めた自分。 ・・・息が、詰まる。 相変わらず父さんは仕事で帰りが遅く、家には誰もいない。 慣れたことなのに何故か家にいたくなくて、ブラブラと夜の町を歩く。 結局行きつくところは、マリコの店だった。 「おう、十夜!相変わらずつまんねー顔してるな」 「あんたほどじゃないよ」 もはや馴染みになってる客の男に挨拶して、カウンターに座る。 「別に構わないけど・・・私の前でくらい笑ってくれても良いのに」 「ここでまで愛想振るう必要はないでしょ?」 マリコがため息交じりで言うのに、さらりと返す。 何故なら、ここだけは自分を隠す必要のない場所なのだから。 「だから構わないけどって言ったでしょう。あんたの冷めた目も好きだしね。でも考えてみればあんたの愛想笑いも最近は見てないのよね」 「そんなんで良ければいつでも見せますよ?」 そう笑ってみせれば、カウンターの向こうで肩をすくめる。 「あーあ。あんたが心から笑う日はいつかしらね?」 「さぁ?いつだと思います?」 「そうね・・・人に興味を持つようなれば変わるんじゃない?」 「俺は十分マリコさんに興味ありますよ」 「それはどうも」 棒読みで言われるのに、苦笑する。 だけど考えてみれば、人に興味を持ったことなんてなかったように思う。 別に持ちたいとも、思わないけれど。 >> NEXT 05.08.18 |