in bygone days (1)





想いを自覚しなければ、泣かせることもなかった。
出会わなければ良かったんじゃないかなんて、勝手に思いもして。
それでも、過去を変えるなんて出来ないことは、十分すぎるほど分かっていた。

だから迷って、それでも進んできた日々。
・・・何が正しかったのかなんて、今でも分からないけれど。








「恭ちゃん!」
「おかえり拓弥。なんか良いことでもあったのか?」
ランドセルを背負ったまま、恭平の部屋に駆け込んでくる拓弥に、「おかえり」と声をかける。
嬉しそうに「ただいま」と笑って、ランドセルの中から何やら1枚の紙を取り出して見せてくる。
「あのね。この前のテストで100点取ったの!」
「おー、凄いな。俺の教え方が良かったかな」
「違うよ、僕の実力だもん!」
少しからかってやれば本気で不貞腐れる拓弥が可愛くて、ご機嫌を取るように拓弥の頭をなでてやる。
すると、一転嬉しそうに笑顔を見せる。

拓弥はこうして誰かに誉められたり頭をなでられたりするのが好きだった。
何かの時になでてやったら、それは初めてのことだったらしく一瞬驚いた顔をしたが、その後は酷く嬉しそうに笑ったのだ。
元来、拓弥は実の両親に親らしいことを何もされていない。
初めて会ったときも、薄暗い中一人でブランコに座っていた。
帰る家も、いつも暗くて。
小学生の拓弥は寂しくて仕方なかったはずなのに、いつでも笑っていた。
それが何だか、悲しくて。
頭をなでた時に本当に嬉しそうな顔を見せた時は、驚いたと同時に拓弥の両親に対して怒りを覚えた。
それ以来、こうしてよく頭をなでてやった。
できるだけ、拓弥に心から笑っていてほしかったから。




「ねえ、あなた。拓弥くんのことだけど・・・」
「どうかしたのか?」
「いえね、恭平やあの子から聞いた話だと、どうもあちらの親御さんは拓弥くんの面倒を見ていないようだし・・・ いっそのこと、うちで引き取るということはできないかしら?」

両親の会話が聞こえてきたのは、はしゃぎ疲れた拓弥をそのまま部屋で寝かしつけて、トイレに降りてきた時だった。
「拓弥」という単語と両親の真剣な声に、思わず戸口に立って聞き耳を立てる。
「恭平も拓弥くんのこと可愛がっているし、私も何とかしてあげたくて。ダメかしらね?」
「・・・話は分かるが、実の両親がいる以上、それは難しいだろう。それに、拓弥くんの気持ちも考えないとな」
「でも、何だか可哀想で・・・」
「君の意見に反対はしないよ。だけど、引き取るとなると話は難しい。その分、実の家族のように接してあげればいいんじゃないか?」
「・・・そうね」
拓弥の話はそれで終わったようで、両親の話はまた別のものに変わった。
それと同時に俺も静かにその場を離れ、拓弥が眠る部屋に戻る。
そっと寝顔を眺めれば、良い夢でも見ているのか幸せそうな顔をしている。

「・・・ずっと守ってやるからな」

可愛い拓弥。
一人っ子の自分にとって、大事な弟のような存在。
自分自身に誓うように呟くと、そっと拓弥の頭をなでた。






それから、俺は言葉の通りに拓弥に接した。
高校に上がってからもどんなに忙しくても拓弥を邪険にしたこともないし、一応彼女と呼ばれる存在が出来た時も、正直彼女より拓弥の方が 優先順位は上だった。
そして、大学1年の時に拓弥の両親の離婚が決定した。
拓弥を散々無視して、いざ別れるという時も拓弥の気持ちなんてお構い無しに押し付けあう両親に腹が立ち、思わず広瀬家に上がりこんで怒鳴った。

「あんたたちのどっちの側にいたところで、拓弥が幸せになれるはずがない!拓弥は、俺が幸せにしてやる!」

考えてみれば、拓弥と出会ってからの6年、拓弥の両親の顔を見るのは初めてだった。
突然の乱入者に、拓弥もその両親も酷く驚いた顔をしていたが、そんなものは気にもならなかった。
「来い、拓弥!」
差し出した手を、拓弥が取ることを殆ど確信していた。
そして現実に拓弥はその手を取り、川崎家で引き取ることになった。
両親も反対はしなかった。
母さんとしては、正式に養子として引き取りたかったらしいが、何故か拓弥の父親が親権だけは 手放したくなかったらしく戸籍だけは広瀬に残る形になった。
だけどそれは、俺にしても拓弥にしても何の問題もなく。
俺は可愛い弟を守ってやる使命感に燃えていたし、拓弥はずっと俺といられると、素直に喜んでいた。







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05.07.13





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