俺とお前の仲  (9)





「ここか・・・」
住所を頼りに近くをさ迷って、ようやく辿り着いた家の前。
表札にある「佐野」の名前と、そのすぐ脇にあるインターホンを交互に見ながらそろそろと指を伸ばし、あと数センチのところから先に進めない。
結局渋谷に半ば強引に追いやられる形でここまできたが、今更ながら会ってどうするつもりなんだ?と疑問が浮かび上がってくる。
渋谷は「会えば分かる」なんて自信満々に言ってくれたが、例え分かったとしてもどうしたいのか分からない。
「・・・って、こうやってる方が不審者だよな」
とにかく来ちゃった以上、このまま帰るのもバカらしい。
今度こそ気合いを入れて指を伸ばしたのとほぼ同時に、門扉の奥が開かれた。

「あら・・・隆一のお友だち?」
「あ、えと、こんにちは。同じクラスの二宮です」
「隆一の母です。いつもあの子がお世話になって」
ええ、本当に。
喉元まで出かかった言葉をどうにか押し留めて、俺ももう一度笑顔でお辞儀を返す。
線の細い、優しそうなお母さんだ。
わざわざ心配かけるようなことを言う必要はない。
というか、初対面で失礼だもんな。
「それで、えーと・・・佐野は?」
「ごめんなさいね。あの子、夏休み中はおじいちゃんち行ってていないのよ」
渋谷くんよ、とにかく当たってみやがれ作戦は初っぱなから失敗のようですよ。
本人がいないんじゃ何も始まらない。
ホッとした反面、ちょっと寂しいような・・・いやいや。
「あー、じゃあ良いです。近くまで来たからいるかなと思っただけなんで」
「あ、待って」
「はい?」
「実はね、隆一のお友だちに会うのは初めてなの。良かったら、学校でのあの子の様子とか少し聞かせてもらえないかしら?あの子、全然話してくれなくて」
聞かせてあげようにも、俺はそんなに佐野のことを知っているわけでもなく、むしろ俺自身が掴めないヤツの性格に戸惑っている状態なのだ。
期待の眼差しを断るのも心苦しいが、裏切るよりは良いだろう。
「あのー・・・」
思ったらすぐ実行。
俺の返事を聞く前に、早々に玄関のドアを開いている彼女の背中に声をかけた。


「佐野は明るいですよ。クラスでも人気あるし」
―――・・・結局、断りきれずにリビングで佐野の母親と向き合ってのお茶タイムとなった。
手作りだというケーキまで出していただいて、俺はもう半ばヤケ気味に聞かれるがままに話を続けている。
通されたリビングは陽の光が良く入る明るいところで、お母さんの趣味なのだろうかどこか可愛らしい雰囲気を持っている。
そして棚の上や出窓のスペースなど、至るところに飾られている写真は家族の仲を表しているようだ。
「写真、すごいですね。いっぱいある」
「ああ、主人の趣味なの。何かあるたびに撮っては飾るのよ」
佐野は家が居心地が悪いって言ってたけど、話を聞いているだけだと凄く暖かい家庭に見える。
俺が座っているソファーから一番近くにある棚の上にある写真は、家族4人で写っている。
佐野が高校に入学したばかりの頃のだろうか。今より少し顔立ちが幼いし、制服も妙に綺麗だ。
昔の佐野を見られるってのも面白いななんて思いながら他の写真へと目を向けるが、それらに佐野は見つけれない。
逆に一番多いのが、佐野を除いた家族3人の写真。
「・・・佐野の写真、少ないですね」
「ええ、ちょっと事情があってね。隆一だけ離れて暮らしてたから」
「ああ、北海道でしたっけ?」
何となく昔の話が聞けたら良いなぁなんて軽い気持ちで返したら、おばさんは少し驚いた様子を見せる。
「良かったわ、隆一に二宮くんみたいなお友だちがいて」
「は?」
「我が子ながら何を考えているのか分からないところがあってね。隆志もなついてくれたし、うまくやっていけると思ったのに、学校のこととかも全然話してくれないし。ちょっと不安だったの。でも、北海道のことまで話せているお友だちがいるなら、安心だわ」
話すようになったのなんて、ついこの間なんですけども。
北海道の話に至っては、出所は山ちゃんだし。本人から聞いたのなんて、1週間くらい前だ。
・・・なんて、おばさんの嬉しそうな微笑みの前で言い出せるわけもなく。
「あ、こっちに写ってるのは弟さんが生まれたときのですか?」
どうにか話を続けようと視線をさまよわせたときに見つけた、おばさんが赤ん坊を抱いて笑っている写真。
赤ん坊を見るのに必死だったのか、顔半分しか写っていない小さな男の子はきっと佐野だろう。
「ええ、そう。隆志が生まれてね、ようやく退院して家に帰ってきたときに撮ったものなの」
暖かい、幸せそうな写真。
これだけじゃない、他の全ての写真が家族の幸せな時間を切り取っている。
・・・・・・ああ、そうか。だから、佐野は。
「弟さんが生まれるまでは、家族で撮ったりしなかったんですか?」
「そんなことはないわ。初めての子だから、それはもう嬉しくてね。アルバムもいっぱいあるのよ」
「それは飾ったりしないんですか?」
「前はちゃんと飾ってたんだけどね、隆志が嫌がるのよ。自分だけ写ってないのが悔しいって。生まれてないんだから仕方ないのにね」
苦笑するその様子にも、子どもたちを可愛がっている様子がありありと感じられる。
きっと佐野のことも、弟くんのことも。平等に想っているのだろうけれど。
「・・・・・・佐野も同じだと思いますよ」
「え?」
「家族なのに、自分だけがいない。写真だけじゃない、きっと家の中でもそんな気持ちなんじゃないですか?」
「・・・っ」
一緒に過ごせなかった10年近い時間。
家族であっても、どうしたって気持ちはすれ違う。
佐野はきっと、自分を認めて欲しかったんだ。
だから、あの日俺がその場のノリで言った言葉を鮮明に受け止めて、俺にも思い出して欲しくて。
それが、学校での「佐野隆一」を作り出した。
「もう一度、ちゃんと見てあげてください。ぶつかってでも、本音を聞きだして。じゃないと、みんな・・・そんなの、悲しすぎるからっ」
絶句するおばさんの顔がぼやけてきたのを感じて、俺は「失礼しますっ」と叫ぶように残して佐野の家を飛び出した。




そのまま息が上がる限界まで走り続けて。
堪えていたものが、一気に上昇してくるのを感じる。
久しぶりに流す涙が、あいつのためってのがちょっとだけ悔しくて。
すぐにでも、佐野に会いたくなった。







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07.09.02





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