俺とお前の仲 (10) |
何で携帯の番号すら聞いておかなかったのだろう。 あれだけ色んな話したのに、大した話はしてこなかったんだななんて、今になって悔しがってる。 北海道なんて遠すぎて、今から行けるわけもない。そもそも正確な場所すら知らないし。 「渋谷、佐野の携帯知らねぇ?」 『はぁ?や、俺は知らんけど・・・あ、カッチンが3年なってすぐにクラス全員と交換してなかったか?』 「それだ!ありがとなっ」 とにかく動かなきゃどうしようもない。 もう恥とか何とか考えてられなくて、佐野に繋がりそうな手段をひたすら試すしかなかった。 「・・・・・・繋がんねーし」 カッチンから怪しまれながらも聞き出した番号にかけてみても、長いコール音のあと留守電に変わってしまう。 呼び出していると言うことは使われてはいるんだろうけど、出られないのか出たくないのか。 知らない番号からなんて・・・俺なら無視だな、たぶん。 その場で気付けば出るかもだけど、少なくともかけ直すことはない。 ヤバい・・・なんか一気に気力がなくなってきた。 大体、繋がったとしてどうするつもりだったのか。 とにかく会いたくて、会えないなら話だけでもって思ったけど・・・ここまでムキになって何を望んでる? 渋谷は自分の気持ちに素直になれと言った。 けど、そもそも自分の気持ちすらうまく表現できない。 同情?憐れみ?・・・そうじゃなくて。 じゃあ、好き?・・・好きって何だよ、よくわかんねぇ。 色んな単語がグルグル回って、でもしっくりくるものが一つもなくて。 ベッドに仰向けになって、意味もなく天井板の枚数なんて数えてみる。 いつもは気にもならない時計の針の音がやけに煩い。 何かもう段々どうでも良くなってきて、睡魔に誘われるがまま目を閉じた時、顔のすぐ横に投げてあった携帯がけたたましく鳴り響く。 「―――・・・佐野?」 ディスプレイに表示されているのは、ほんの数時間前に登録した名前。 慌てて通話ボタンを押すが、うまく言葉が出てこない。 『あー・・・二宮?』 突然名前を呼ばれて、これでもかってくらいに動揺する。 「あ、えっと、悪い。いきなり、電話なんかして」 『その声は二宮だよな。ごめん、すぐに出られなくて』 確認されて、そういや知らない番号からかけてんのに名乗ってもいなかったことに気付く。 「いや、それは良くて。あ、今さらだけど二宮です。えと、この番号はカッチンに無理言って教えてもらって。んで、何で電話したかったってーと、その、何だ?」 一人であわてふためいていると、電話の向こうで佐野が小さく笑う。 『さっき、母さんから電話が来たんだ。二宮がうちに来たって』 「あ・・・悪い、なんか勝手なこと言っちゃって。気ぃ悪くしてたろ?」 『いや、そんなことないよ。母さんさ、電話で泣きながら謝るんだ。今まであなたの気持ち、考えてなかったって。・・・そう言われる方が結構キツいのにな』 そう言いながら、佐野の声は穏やかだ。 放課後、二人で何気ない話をしてるときみたいに。 だけど、ちょっとだけ悲しい気がするのは、俺の方が変化してるからかな? 「あのさ、俺が言うのも何だけど・・・お前の母さん、絶対お前のこと好きだぞ。一生懸命、俺の話聞いてた」 『うん、それも分かってはいたんだ。泣かれたのはキツかったけど、その瞬間は確かに俺のこと考えてくれてた。ありがとな、二宮』 「って、俺は何もしてないぞ」 『いつでも俺の気持ち軽くしてくれるのは、二宮だよ』 柔らかい響きで、佐野はまた笑う。 これが電話で良かった。きっと今の俺は、相当顔が赤いと思う。 「お、お前は俺を買いかぶりすぎなんだよ。俺はそんな凄い人間じゃねーんだから」 『そんなことないよ。だって二宮は・・・』 何かを言いかけて、ハッと気が付いたように言葉を飲み込む。 「佐野?」 『・・・あのさ、この前の告白だけど・・・忘れてくれて良いから』 「え?」 『言ったことに嘘はないんだけどさ。二宮を困らせたいわけじゃないし、それに俺、じーちゃんとこで暮らそうと思ってる』 ―――・・・ちょっと待て。何だよ、それ。 ドクンと大きく脈が打つ。 そのまま大量の血液を運んでいるのだろうか、頭に血が上るというのはこういう状態をいうのかもしれない。 「じーさんとこって・・・北海道、行くのか?いつ?」 『高校卒業したら、すぐにでも』 「・・・・・・ふざけんなよっ!?」 散々人のことを引っ掻き回して、それで自分は勝手に遠くに逃げようってのか? 2年以上もずっと俺を見ていたとか言ったのは誰だ。 ウザいくらいにまとわりついて、気が付いたら俺の中に入り込んできたくせに。 俺のこと好きだって言ったのは、何だったんだよ!? 「俺は、正直好きとか嫌いとか良く分かんねぇ。でも、これだけはハッキリ言える。お前と離れたくない。お前がこっちいたくないなら、俺がそっち行ってやる!」 『・・・・・・二宮、本気?』 少しの沈黙の後、掠れた声が耳に届く。 本気かだなんて俺の方が聞きてぇよ。何言ってんだって、頭ん中ではもう一人の俺がしきりに首を傾げてる。 だけど、もうずっと会えないのかと思ったたら、そんな俺もどこかに吹き飛んだ。 「お前が悪いんだからな。毎日毎日やかましく同じ言葉繰り返して、俺を洗脳したんだ。責任はきちんと取ってもらうからな!覚悟しとけ!!」 電話の向こうで、佐野が絶句しているのが分かる。 そりゃいきなりこんなワケ分からないこと言われたら、誰だって何も言えなくなるってもんだ。 沈黙がちょっとだけ不安を呼ぶけど、それでも何もかも取っ払った気持ちの言葉に後悔はない。 しばらくの無言が続いた後、突然耳元で佐野が吹き出した。 『やっぱ、二宮最高』 そして、あとに続く爆笑。 人が真剣に言ったっていうのに、その態度は失礼なんじゃないだろうか。 「笑ってないで応えろよ!責任とるつもりあるんだろうなっ」 『もちろん。何てったって、俺とお前の仲だからね』 それは、耳にタコができるくらい、何度も何度も聞かされた言葉。 意味分かんないしクラスの奴らには誤解されるしで、何度も苛々させられた言葉。 なのに、久しぶりのその響きが、妙に嬉しいなんて。 ―――・・・悔しいから、黙っておこう。 「おはよう、二宮」 「・・・はよ」 新学期の朝、1ヶ月ぶりに見る姿は今までと変わらない。 それにちょっとだけ安心して・・・ちょっとだけ、ドキドキした。 「ねえ二宮。今日の放課後は付き合ってくれるの?」 「・・・まあ、別に暇だから。どうしてもって言うなら付き合ってやるよ」 「さすが二宮。愛してるよ♪」 相変わらずなやり取り。傍目からはきっと変わらない関係。 だけど、言葉の端々に困っている俺と、きっとそれを楽しんでいる佐野。 佐野さ、お前毎日のように言ってきてたけど、今なら俺にも何となく分かるよ。 俺たちの仲は言葉なんかじゃうまく表せないけど、やっぱり何か特別だと思うんだ。 それが今後どう変わっていくかは分からない。 だけど、しばらくはこの奇妙で心地良い関係でいられたらなんて・・・やっぱり、素直に口には出せないけど。 教室では、先に入った佐野が楽しそうにクラスの連中と戯れている。 その姿を見ているだけで何だか楽しくなってきて、俺もその輪の中に入っていった。 07.09.20 |