俺とお前の仲 (8) |
固まるというのは、こういう状態のことを言うのかもしれない。 突然耳に届いた言葉の意味を考えている時間は、そんなに長くなかったと思う。 だけど、実際にはその間に佐野は「じゃあな」と微笑を残して出ていった。 追いかけなければと思うのに、何故か身体は動かない。 「・・・・・・え?」 ようやく動けるようになった時には、俺が発した間抜けな声以外は何も聞こえなかった。 ふらふらと家に帰って、とりあえずご飯食べて風呂入って寝て。 そうして佐野が残した言葉を何度も思い返して、段々あれは聞き間違いじゃないかとまで思えてきた。 そういや結局進路のことも、ちゃんと聞いてない。 何となく胸の辺りがモヤモヤするのはこのせいだろう。 はぐらかされてばかりじゃ腹が立つのも無理はないはずだ。 とりあえず次に会ったときに確認して、さらに文句の一つでも言ってやろう。 そうと決めたら気持ちも軽くなり、妙に気合いを入れて迎えた終業式。 そこに、佐野の姿はなかった。 「二宮芳春くん」 「んー?」 「自覚がないようだから教えてやる。いい加減、ため息つくのやめろ」 ため息なんてついてた覚えはないのだが、顔を上げれば心底うんざりした表情の渋谷が目に入る。 これから推測するに、俺は相当陰気を醸し出しているのだろう。 何度も言うが、自覚はない。 となると、やはり俺も受験生。勉強疲れが出ているのだろうか。 そう口に出してみれば、今度は渋谷がため息をついた。 それもこれ見よがしなほど大げさに。 「お前、塾行ってんだっけ?」 「とりあえず英語がシャレになんないから、夏期講習だけ受けてるけど?」 「その調子じゃあ、まったく身についてないだろう」 「・・・・・・」 まったくもって図星なのだが、素直に頷くのも何だか悔しい。 「俺は受験に命かけてないから。遊ぶ方が忙しいんだよ」 「どこか遊びに行こうかと誘ってみても、そんな気分じゃないとか言うくせに?夏休みなんてすぐ終わっちまうんだぞ」 「だから、こうして遊んでんじゃんか」 「俺が押し掛けてきたからだろ。ったく、どんな様子かと見に来ればこんなんだとはね」 さっきまで黙ってたくせに、いきなり早口にまくし立てられる。 なんだよ、俺が何かしたか? 突然の理不尽な扱いに膨れていると、渋谷はいきなり真面目な顔で見つめてくる。 「佐野と何かあったんだろ?で、気になって気になって仕方ないと」 「っ・・・なんで、そこであいつの名前が出てくるんだよ」 「試験最終日、俺が佐野と話してこいって言ったよな?で、その後からお前はずっとこんな調子。考えなくても佐野と何かあったと思うだろ」 そんなに顔に出ていただろうか。 いや、待て。それ以前に別に俺は気にしてなんかいない。 「・・・別に何もないし。それに、あの後からは一度も会ってないんだ」 「ああ、それで落ち込んでるわけね」 「落ち込んでねーよっ」 そもそも落ち込む要素なんて微塵もない。 むしろ煩くまとわりつかれない分、万々歳だ。 「そう言っても態度でバレバレなんだよ」 「だから、気になることなんてっ」 「ないって言い切れるか?」 ・・・ない、と強く言いきれないのが悔しい。 認めたくはないが、気にならないわけがないんだ。 いきなりクラスメートに告られたら誰だって気になるだろ。 しかも相手は男だ。ホントにあいつは何考えてるのか分からない。 思えば、最初からワケが分からない男だった。 クラスを盛り上げるかのように騒いで、いつも回りには誰かがいた。 そのくせ特定の友だちがいるようでもなく、何故かやたらと俺になついてくる。 進級して以来、俺の神経逆なでしまくった男。 「―――・・・俺さぁ、すっげぇムカつくんだよ」 「何が」 「普段はめちゃくちゃ明るいくせにさ、いきなり真面目な顔したりそのまま消えちゃいそうな雰囲気だったり。どれが本当のあいつなんだろ。俺は全然あいつのこと知らないのに、何であんなこと・・・」 3年になって、いつの間にか近くにいた。 どんなに邪険に扱ってもへこたれない。むしろ楽しんでるようにも見えた。 とにかく煩いヤツで、でも俺と二人で話しているときは穏やかで。 みんなの前と俺の前、それから一度だけ見た弟の前。 どの顔が、本当の佐野隆一なんだろうか。 「つまりさ、それが答えなんじゃね?」 思わず黙った俺に、渋谷は訳知り顔でポンと肩を叩いてくる。 さらりと言ってはくれるが、結局俺にはまだ答えが出ない。 このモヤモヤが何なのかも、俺にとっての佐野という存在も。 「とにかくさ、メールでも何でもしてみろって」 「・・・知らない」 「は?」 「だから、メアド知らないんだって」 俺はただ事実を言っただけなのに、渋谷には思いっきり呆れた顔をされる。 何をそんなに驚くことがあるのだろうかと思っていると、渋谷は思わずと言った口調で呟く。 「・・・お前ら、放課後なにしてたわけ?」 「って、何でそれ・・・」 「お前、今までの会話の流れからそこで驚くのおかしいだろ。ってか、俺が気が付かないと思ってたのか?俺と何年つるんでんだよ、バーカ」 確かに中学で知り合ってから一番近くにいたし、妙なとこで勘も鋭いヤツだから何か気が付いててもおかしくはないけど。 「そんならそうで、言ってくれれば良かったじゃんか」 「言ったらお前、放課後残るの止めてただろ。気にしながら無理される方が俺は嫌だね」 ホントに、何でこいつは俺以上に俺のこと分かってんだろ。 誰にもばれないように、できるだけ自然に放課後残っていたはずなのに、いつから知っていたのだろうか。 そもそも、何で俺はそこまでして残ったのか。 ・・・・・・行かなきゃ行けない、そんな気がしてたから。 「いいか二宮、これだけは言っておく。俺は親友には優しい男だ」 「なんだよ、突然」 「お前が自分に素直になって、それがお前にとって最高の結果なら何も言わない。祝福してやる。ただし、それで俺をないがしろにするようなら絶対許さない。分かったか?」 だから、とにかく好きなように動け。 一息に言われた言葉と突き指された人差し指に、思わず頷いてしまう。 「・・・ヤバい、俺ちょっと感動したかも」 「親友のありがたみが分かったか?」 どことなく面白がっている気もするが、言葉に嘘はないのは長年の付き合いで分かる。 「じゃ、これやるよ」 おもむろに差し出された紙切れを広げると、そこには覚えのない住所。 「俺の情報網をなめるなよ。ドカンと当たってこい!」 何か前もどっかで同じような展開があったような。 そう思ったときには、すでに家の外に放り出されていた。 >>NEXT 07.08.29 |