俺とお前の仲 (7) |
渋谷に促されるままやってきた進路指導室。 中の様子は当然見えないけど、「使用中」の札が出ていると言うことはまだ誰かいるのだろう。 その誰かが佐野かどうかは分からないけれど。 「・・・どうしようかな」 元来人通りの少ない場所だけど、ここでボーッと待っているのも変だろう。 佐野以外の生徒や、先生が出てきてしまってはうまく言い訳できる自信はない。 「佐野!話はまだ終わってないぞっ」 それこそ人に見られたら不審者にしか見えないくらいウダウダと悩んでいたら、ふいに扉が開いて中からじーさまの叫び声が聞こえてきた。 咄嗟に曲がり角に身を潜めると、間を置かずにその扉から佐野が姿を表した。 「だから俺も色々考えてますから心配は無用ですって。大丈夫、夏が過ぎたらちゃんと答えを出しますよ」 まだ何か言いたそうなじーさまを尻目に、佐野は失礼しますとその場を立ち去る。 ヤバいと思ったが、時すでに遅し。 「・・・二宮?」 「よ、よう」 何で進行方向に隠れたんだ俺のバカ!なんて内心自分の愚かさを呪いながら、俺は間抜けな挨拶を返すしかできなかった。 「もう帰ったと思ってたよ。何してたの?あんなとこで」 見つけられてしまっては、今さら知らん顔もできない。 結局、二人並んで帰ることになったのだが、後ろめたいだけに気まずさは相当のものだ。 何してたって、お前に話があって待ってたんだよ。 ・・・なんて、素直に言えるわけもない。 だからと言って、このまま何も聞かずに帰るのも悔しいというか何と言うか。 「あー・・・ちょっと気になることがあって」 「進路のことで悩んでるの?」 「まあ、そう言えないこともないけど・・・」 煮え切らない返事の後に続くのは、重い沈黙。 佐野は特に先を促したりもせず、ただ俺が口を開くのを待っている。 「・・・山ちゃんがさ、突然聞いてきたんだよ。お前の進路のことで何か聞いてないかって」 「そっか・・・悪いな、二宮にまで迷惑かけて」 「や、別に迷惑ってわけじゃないし。俺も山ちゃんに何か答えられたわけじゃないから。・・・でもさ、やっぱりちょっと気になるかなって」 「うん、ごめんな。二宮は何も関係ないのにな」 ・・・・・・関係ない。 その言葉だけが、妙に大きく聞こえた。 確かに関係ないわけだけど、何だか一気に壁を作られたようで・・・何となく、悔しくなる。 「ま、まあそうなんだけどよ。でも、さすがに俺もさ、ここまで関わっちゃうと気にしないわけにはいかないっつーか、何つーか」 「二宮?」 「大体さぁ、お前が言い出したんだから責任とって俺には話せよな!俺とお前の仲なんだろっ!?」 何となくカッとなって叫べば、佐野はキョトンとした顔をしてから・・・吹き出した。 「ははっ、やっぱり二宮には適わないなぁ」 「なんだよ、それ。俺はだな、別にお前のことなんてどうだって良いんだけどっ」 「・・・俺さ、生まれはこっちだけど5才頃からずっと北海道にいたんだよ。じいちゃんばあちゃんと暮らしてたの」 いきなり話し出した佐野に、俺は叫んでいた言葉を飲み込む。 俺が黙ったのを見てから、佐野は少し肩を竦めながら話を続ける。 「理由は単純。生まれたばかりの弟が身体弱いってんで、両親はかかりきり。俺にまで構ってる余裕はなかったんだろうね」 そこで母親は自分の両親を頼った。 寂しくなかったと言えば嘘になるけど、近くにいるのに見てもらえないよりは優しい祖父母のもとにいたいと思ったのも本当。 「別にそれを恨んでるとか、そういうのは全然ないんだ。高校受験を機に戻ってきたときは嬉しい気持ちもあったしね。だけど、実際は正直言って居心地は悪い。俺だけさ、何か違うんだよ」 両親は今までの負い目もあるのだろう、優しく甘やかしてくれはするがどこか他人行儀に感じる。 食事の味付け、会話のテンポ、想い出話。 家族みんなが共通しているものなのに、自分だけが違う。 「受験終わってさ、完璧にこっちに移ってきてからはさらにキツかった。ホームシックって言うの?自分ちに戻ってきたのに、そんな気分でさ」 俺には、佐野の気持ちは想像することしか出来ない。 今、俺はどんな顔してるのだろう? 何か言わなくちゃと思うのに、何も言葉が浮かばない。 そんな俺に、佐野は優しく微笑ってみせる。 「そんなときに会ったのが、二宮だったんだ」 「・・・・・・俺?」 「何となく家に帰りたくなくてさ、川の土手んとこで寝っ転がってたら二宮がきたんだ。そんで俺に何か面白いもんでも見えるのか?って」 佐野はその時のことでも思い出しているのか、楽しそうに笑みを浮かべて話を続ける。 その笑顔に何となく、ホントにぼんやりとだけど思い出してきた。 確かあれは中3の最後、母さんに頼まれて自転車で買い物に出たときだ。 帰り道、行き掛けに見たのと同じ状態でいる自分と同じ年頃の男を見て、なんの気なしに話しかけた。 そうしたら、そいつは少しだけ驚いた顔をして・・・ 「空、見てた」 ふわりと優しく笑ってみせたのだ。 「・・・あれ、お前だったのか」 「あ、思い出してくれた?そう、もうあれから俺の人生は変わったねー」 何をするでもないのになぜかその場を離れづらくて、しばらく二人でぼんやり空を眺めてた。 何か話した気もするけれど、よく覚えていない。 そして日も大分傾いた頃に、やっと買い物袋の存在を思い出したのだ。 「今日はありがとう」 にっこりと笑った顔に柄にもなく照れて、慌てた俺は当時流行っていた言葉を口にした。 「気にすんな。俺とお前の仲だろ!」 ―――・・・ちょっと、いやかなり、そのときの俺は恥ずかしいヤツじゃないか? 思い出しただけでも、恥ずかしさで顔が熱くなる。 「同じ高校だって分かったときはすごく嬉しかったよ。だけど、二宮は俺のこと覚えてないみたいだったしさ。話しかけず3年になっちゃった」 「悪い、その・・・人の顔とか名前とか覚えんの苦手なんだ」 「分かってるよ、ずっと見てたんだから」 ・ ・・・・・知らなかった。ここまで来ると、何だか俺の方が酷いヤツみたいな気がしてきた。 俺のほうは、同じクラスになってしばらくしてようやく存在を知った・・・なんて、今更言えないよな。 「3年になって同じクラスになって。近くにいたら見てるだけじゃ我慢できなくなった。どうしたら近づけるかなって思って、しばらくかなり考えたよ」 「それで、いきなり俺とお前の仲になったわけか」 「その前にとりあえずクラスの中で目立ってみようかなと。で、もしかしたら思い出してくれるかもっていう打算のもと、その発言に至ったわけで」 「つーか、何でそんな手の込んだこと・・・もっと普通に話してくれれば俺だって思い出したよ」 「何でって、二宮のことが好きだから」 ・・・ちょっと、待て。 お前、今さらりと何か大変なことを言わなかったか? >>NEXT 07.08.16 |