俺とお前の仲  (5)





どうしてこうも月日がたつのは早いのか。
期末試験まで一週間を切り、部活動も停止になった。
そうなれば校内に残ってるヤツの方が少ないのに、俺は何故かまた教室に向かってしまう。
今日はあいつはバイトのある日だからいないと思っていたのに、予想に反して窓の側にはいつも通りあいつはいて。
「・・・バイトはどうしたんだよ?」
「試験前だからね、高校生は休みなの。理解ある店長だよね」
なら、さっさと帰って勉強しろよと思うのに。
結局口から出た言葉は、「じゃあ飯でも食ってくか」なんて全く真逆のものだった。
自分でも恐ろしいことに、いつに間にか放課後のこの時間を楽しみにしていることには気が付いている。
何故かは分からない。考えたくもない。
むしろ、そう感じていることをまだ認めたくもないのだ。
何となく、悔しいから。
「俺は良いけどさ、二宮は良いの?試験勉強」
「俺は頭良いからいーんだよ。受験に命懸けてるわけでもないし。別に嫌なら付き合わなくて良いんだぞ」
頭の出来は正直あまりよろしくないけれど、無駄に虚勢を張ってみる。
「二宮からの誘いを断るわけないじゃん」
そうやって笑う佐野はと言えば、相変わらずじーさまに呼び出されているみたいだが、結局進路のことは訊けないままでいる。
一体俺は何がしたいんだか。
ここのところ、ずっと同じ自問が続いている。未だに答えは出てないけれど。





「あっ、お兄ちゃん!」
結局、いつものラーメン屋で食べて、駅までダラダラと歩いている途中、突然の大声とともに飛びかかってきた塊・・・もとい、少年。
飛びかかられた佐野も相当驚いたらしく、目を丸くしている。
「っ!?」
「えへへー。お兄ちゃん学校の帰り?」
尻尾でもあったら全力で振り回してそうなほどの勢いで、少年は満面の笑みを浮かべて佐野にまといついている。
年は小5、6くらいか?なかなか可愛らしい感じの子だ。
「この子、お前の弟か?」
「あ、うん。弟の隆志」
「お兄ちゃんのお友だち?こんにちはー」
にこにこと愛想よく挨拶してくる様は、確かにどことなく佐野に似ている気もする。
それにしてもこんなに慌てた様子の佐野は初めてで、ちょっと面白い。
「そんなことより隆志」
俺もにこやかに挨拶を返そうとしたが、その前に佐野の言葉によって遮られた。
しかも、そんなこと呼ばわり。
なんだよ、挨拶は人間関係の基本だぞ?
「何でこんなとこにいるんだ?母さんは?」
「一人だよ。先生と話が長いから、抜けてきちゃった」
「はぁっ!?・・・ったく、今頃大騒ぎだ。とにかく今すぐ帰るぞ」
「えー、せっかくお兄ちゃんに会えたのに」
「・・・俺も一緒に帰るから。悪い、二宮。そういうわけだから」
「ああ、えっと、気にすんな。じゃあな」
俺の存在を完全に忘れてるんじゃないかと思うくらい兄弟二人の世界だったから、いきなり話を振られて一瞬反応が遅れる。
別に後はこのまま家に帰るだけだから、ここで別れたって何の支障もない。
なのに佐野は最後まで申し訳なさそうに目配せしてくる。
俺から離れるのも悪い気がして何となくそのまま見送ると、佐野は歩きながらもじゃれつく弟に少しだけ困っているように見える。
さっきまで心配性の兄に甘えん坊の弟といった感じで良い雰囲気だったのに、今の佐野はどこか弟の扱いに慣れていないようだ。
さっきまで佐野の違う一面を見られて面白いなんて思ってたのに、今は妙にざわざわと落ち着かない。
遠くちらりと見えたその表情は、放課後の教室で見る佐野と少し重なって、何故かチクリと胸が痛んだ。





「二宮ー、数学見せてー」
翌日の佐野は、俺が見慣れたいつもの佐野だった。
ふらりと近づいてきて、数学数学と連呼している。
「うっさい、語尾をだらしなく延ばすな。てか宿題なんだから自分でやってこい!」
「昨日はそんな時間なかったんだよ。今からやって間に合うわけないし。な、頼む!」
「昨日はって、俺はやる時間あったんだよ。自業自得だ、バカ」
「うわっ、ひでーな。頼むよー、なっ?」
はいはい、俺とお前の仲なんだろ?
そう続くと思って今日は何と返してやろうかと考えていたのに、実際は頼む!と繰り返されるばかり。
ちょっと、いやかなり拍子抜けする。
「・・・お前、どうしたんだ?」
「ん?何が?」
本当に何が?という顔を向けられて、こっちまで何が?という気になってくる。
毎日のように言われていたセリフが、今日はなかっただけなのに、何でこんなに変な感じに思うんだか。
「・・・や、何でもない。ほら、持ってけドロボー。授業始まる前には返せよ」
「お、サンキュー!」
飛び付かんばかりにノートに手を伸ばし、佐野は上機嫌で自分の席に戻っていく。
「相変わらず元気になついてますなぁ」
なんて渋谷は相変わらず面白そうに言うけれど、やっぱり俺から見たらいつもと違う気がしてならない。
何が違うのかよく分からないけど。何だろう、雰囲気?
というか、今更気が付いたけれど・・・今日に限らず、最近あいつの口から「俺とお前の仲」っていう言葉は聞いてない気がする。
放課後、話すことが多くなったからか?
以前より、普段近づいてくることが減ったような・・・
いや、別に構わないんだけどさ。むしろ、迷惑に思ってたくらいなんだし。
「どしたの、二宮。面白いくらい百面相」
「え、や、何でもない、よな?」
「って、俺に聞くなよ」
遠慮もなく笑う渋谷と話しながら横目で佐野を見れば、ヤツは近くにいる奴らと話しながら俺のノートを写していく。
・・・いつもと変わらない、よな?
また思ってしまってから、打ち消すように頭を振る。
何だ、何なんだ最近の俺は。気が付けば佐野のことばかり考えてないか?


約束通り授業前に返ってきたノートを開くと、そこには俺が書いた覚えのない小さな文字があった。
「昨日は悪かったな」
・・・・・・何が?
書いたのは当然、佐野だろう。
昨日の様子からすると、弟くんのことを言っているのだろうが、謝られるようなことは何もなかったはずだ。
ホント意味が分からない。
佐野が何を考えて行動してるのか。
何で俺に構ってくるのか。
何で俺が、こんなに気にしなきゃならないのか・・・







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07.07.22





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