俺とお前の仲  (1)





「俺とお前の仲だろ?」

―――・・・なんて、お前は毎日のように言ってくるけれど。
お前と俺がどんな仲なのか、まず俺に分かるように説明してくれ。





「二宮ー!にのみやー!二宮さーん!?」
放課後、帰宅前に友人たちと意味なくだべる。そんな楽しい一時を邪魔するかのような大声が窓の外から届いた。
「お。ご指名だぞ、二宮」
「知るか。俺には聞こえない」
実際は聞こえないわけないだろうってくらいの音量だが、そんなことは知ったことじゃない。
今重要なのは、今日こそ佐野を無視するという俺の忍耐力・・・
「二宮―!?いないのー?二宮ぁー、二宮芳春さーん!?」
「あーもう、うっさい!人の名前バカみたいに連呼すんなっ!」
「お、いたいた。二宮ー、ちょっとカバン取って、カバンー!」
俺の忍耐力なんて、こいつに向かっては1分も持たないらしい。
それほどまでに、やたらデカイ声で人の名前を連呼してくるのがいけないんだ。
仕方なく窓から顔を出したら、今度はもっとデカイ声で用件を叫びだすし。
そんなに距離はないんだから、バカみたいに叫ばなくても聞こえるっての。
「自分で取りにきたら良いだろ?」
「だってそこまで行くの面倒じゃん。俺もう外履きだし」
今、俺がいる高3の教室は1階奥に位置していて、窓を開ければ目の前に植木、その奥にグラウンドが見える。
下駄箱はその反対側だから、正規ルートを使おうとすれば、ぐるりと回ってこなければならない。
確かに面倒ではある。俺でも誰かに頼むだろう。
だから、まあ気持ちは分かる。分かるのだけれども。
「だからってわざわざ俺を呼びつけるな!俺がいなかったらどうするつもりだったんだ!?」
「でも二宮いたし。それにほら、お前と俺の仲だろ」
お決まりのセリフを口にして、悪びれる様子もなく笑っている。
こいつには何を言っても無駄だ。
もう何十回思ったか知れないことを懲りずにまた思いながら、力一杯カバンを投げつけてやる。
「ほら、さっさと帰れ!」
「おう、サンキューな」
顔に当てるつもりで投げたカバンは、何事もなかったようにあっさりと受け止められた。
くそっ、腹立たしい。

「いやー、ホントお前ら飽きないよなー」
「俺は好きでやってるわけじゃないからな」
「まあ確かに佐野がなついてきてる感じだけどさ。お前も何やかんやで面倒みてんじゃん」
飲み終わったパック牛乳をパコパコさせながらしみじみ言ってくれるのが、中学時代からの友人である渋谷。
このやり取りも、そろそろ飽きがくるくらいに何度もやっている。
それでも何度も繰り返すのは、渋谷がこの状況を面白がっているからに他ならない。
「まだ2ヶ月か。全然そんな感じしないよな」
これまた聞き飽きたセリフに、俺は鼻を鳴らして応える。
そう。何を隠そう、俺が佐野の存在を知ってからまだ2ヶ月しかたっていない。
俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手なので(渋谷から言わせると覚える気がない)違うクラスの奴なんて見たことあるかな程度。
そして佐野とは今回初めて同じクラスになったのだ。つまり、俺にとっては初対面に近い。
なのにあいつは最初から人懐こい顔で当たり前のように近づいてきて、気が付けば「俺とお前の仲」にまでなっている。
一体全体それがどんな仲なのか、いまだに皆目検討つかない。
それは渋谷も同様で、二人で何かしたかと考えたこともあるくらいだ。
結局何でかなんて分かるわけもなく、「お前が気に入ったってことじゃないの?」という渋谷のお気楽発言で話は終わった。
佐野自身に訊いてみても良いがそれも何だか悔しいし、そもそも毎日一緒に行動しているわけではないので改まって訊きづらい。
ふいに近づいてきて、気が付いたらいなくなっている。
ホント意味が分からない。

「なになに、佐野の話―?」
「あいつ良く分かんないヤツだよなぁ。話しやすいし、イイ奴ではあるけどさ」
近くでやり取りを聞いていたのか、時間を持て余している暇な奴らが二人、話に入ってくる。
「でもあんま目立たないタイプだったよな。気が付いたらいないことも多かったし」
「自分のこともあんま話さないしな。謎な男だ。お、何かこのフレーズ格好良くね?」
「バーカ。まあ、それは置いといてさ、そんな佐野が3年になってから変化が!気になるよな?てか、俺はもうすっごい気になってんだよ!」
どこぞの漫才のように話を進めていく二人に何となく耳を傾けてたら、だんだん雲行きが怪しくなってきた。
しまった。そう思ったときには、もう遅い。

「「二宮と佐野って、結局どういう仲なの?」」

「知らねぇよ。誰か俺に教えてほしいくらいだね」
佐野が勝手なことを言ってくれるおかげで、この手の質問がやたら多いのがムカつく。
そんな気持ちを込めてぶっきらぼうに応えるが、この二人には通じなかったらしい。
俺の態度にぶーぶー言いながらも、佐野の話は続いていく。
何でみんなそんなに人様のことに興味もつんだろうな。
可愛い女の子のこととかならともかく、佐野だろ?どうだって良いじゃないか。
「そういや中学の頃さ、一時期はやったよな。俺とお前の仲だろって言うの」
「あー、あったね。そんなことも」
ふいに思い出したのか、それとも話題変換のつもりなのか。
唐突な渋谷のネタ振りに、俺も当時のことを思い出す。
あれは確か、中学3年のとき。担任が妙に熱血で、進路のことでも何でも先生に相談して来い!というタイプだった。
そして事あるごとに生徒たちに向かって「俺とお前たちの仲だろ!」と熱く喚くのだ。
彼はただただ熱心なだけだったのだろうが、生徒たちからしたら面白い存在でしかない。
そんな担任の口癖を真似て、友人同士で遊びながら「俺とお前の仲だろ」なんて言い合うのがはやったのだ。
「ちなみに女子の場合は、私と○○ちゃんの仲でしょうという活用法でした」
「へー。ってことはさ、佐野もお前らと同じ中学だったん?」
「いや、そんな事実はない」
「やっぱ謎な男だよなー」
「それよりさー、ちょっと聞いてくれよ。この間さー」

いつの間にか話題は佐野からずれていって、俺は内心ホッとする。
佐野が何で俺に構ってくるのか知らないし、それで人からとやかく言われるのだけはごめんだ。
結局、俺にとって佐野隆一という男はその程度でしかなかったのだ。







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07.05.13





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