恋人たちの気持ち (6) |
あの日、須田くんに言われた言葉が気にならないといったら嘘になる。 僕と付き合うってことは、もしかしたら本当に柘植にとって人生の汚点になるのかもしれない。 それでも僕は柘植が好きで、離れられなくて。 ・・・柘植との関係が先に進めなかったのも、やっぱり怖かったのだと思う。 未知の体験に対してだけでなく・・・僕たちの関係が変わってしまうことに対して。 その一線を越えてしまったら、もう後には戻れない。そんな気がするから。 僕の気持ちは、これからもきっと変わることはない。 だけど、柘植の気持ちは分からないし・・・その時になって、後悔だけはして欲しくない。 だから・・・それでも、僕は・・・・・・ 「あ、和宏。今日は一緒に帰れる?」 「うん。ごめんね、昨日は先に帰っちゃって。今日は待ってるよ」 「いつも悪いな。無理しなくていいんだからな?」 「ううん、本読んでたら時間なんてすぐだし。それに、僕も一緒に帰りたいし・・・」 うっすらと頬を染めて言う和宏を、衝動的に抱きしめたくなるが、ここはまだクラスメートが多く残る教室。 秋良は必死に自分を抑えて、和宏に笑顔を送る。 「じゃあ、出来るだけ早く戻るから。行ってくるな」 「うん、頑張ってきて」 どこか名残惜しそうにしながら真面目に部活に向かった秋良を見送ってから、和宏も自分の席に座って本を広げる。 だが、その内容が頭に入っては来ない。 和宏は昨日からどうやって気持ちを伝えるか、それしか考えていなかったから。 柘植のことが好きだと改めて強く感じて、確かな繋がりが欲しいと思った昨日。 はかったかのように、母親から来週の土日に夫婦二人で旅行に行くと言われたのだ。 一緒に行くかと訊かれたけれど、せっかくだから二人で行ってきたらと断って。 一人で家にいるのもちょっと寂しいかもなぁ、なんて思いながら部屋に戻った。 その次の瞬間に、ふと思う。 もしかして柘植を誘う、良い機会なんじゃないかと。 や、いきなり、そんな、やっぱり恥ずかしい! ・・・でも、誘われたら嬉しいもんだって広瀬くんも言ってたし。 あ、でも話し合った方が良いって言ってたんだっけ? って、話し合うって、どうやって!?いきなりそんなこと言えないしっ! でもでも、僕だって柘植のことが好きなわけで・・・ その、だ、大丈夫だって、思ってるし・・・っっ! 昨日は一人でパニックに陥って、なかなか寝付けなかった。 ああ、でも本当にどうやって言えばいいんだろう・・・? 昨日から考えてたことが、またグルグルと頭の中で回り始める。 本を前に一人百面相になっていることに、クラスメートが不思議がって見ていることなぞ気付くこともなく。 結局、広げた本は1ページも先に進められることはなかった。 「・・・和宏?」 「えっ?・・・柘植?えっ、うそ、何で!?」 「や、さっきからずっと声かけてたんだけど・・・」 一人で考え込んでいるうちに、どうやら相当時間が経っていたらしい。 外は大分暗くなっており、沢山残っていたクラスメートも今は誰もいない。 そしてすぐ隣には、ついさっき部活に行ったと思っていた柘植が、既に帰り支度を済ませて、驚いた表情で立っていた。 「あ、その、ごめんっ、気が付かなくて。えっと、ごめんね、僕もすぐに用意するから」 「いいよ、慌てなくて」 必要以上に慌てふためく和宏に小さく笑いかけながら、秋良は行儀悪く机に腰掛ける。 何だか凄く焦って、羞恥に顔が赤くなってるのを感じながら慌てて帰り支度をする。 「それにしても、凄い集中してたよな。そんなに面白い本なの?」 「えっ?あ、うん、そうっ」 まさか何を考えていたかなんて言えなくて、とりあえず曖昧な返事を返す。 だが、秋良は特に疑問に思わなかったのか、ふーんと一人で納得しているようだ。 「和宏はホント本好きだよなー」 そして笑う。 その様子を見ながら、ふと思う。 伝えるなら、今がチャンスなのではないかと。 「あ、あのさ、柘植・・・」 「ん?」 思った瞬間に反射的に呼びかけたが、何と切り出せば良いのかは考えていなかった。 だが黙っていては不自然だろうと、とにかく言葉を繋ごうと必死で思いを巡らす。 「えっと、来週の日曜日なんだけど、暇?」 「今度の?うん、その日は特に部活もないし、何の予定もないよ。どっか行きたいトコでもできた?」 いまだに遠慮があるのか滅多にない和宏からの誘いと思ったのか、秋良は嬉しそうに笑って訊いてくる。 一瞬だけ、どうしようかと迷ってから、それでも覚悟を決めて口を開く。 「あのね、来週の土日、両親が二人で旅行に出かけるんだ」 話し始めたら、もう止まらない。 柘植とうまく目が合わせられないまま、それでもどうにか言葉を繋ぐ。 「その、それで、その日僕一人なんだけど・・・えっと、良かったら・・・泊まりにこない?」 「・・・・・・え?」 「や、あの、もし良かったら・・・」 「・・・」 「・・・」 沈黙が痛い。 やっぱり言わなきゃ良かったかと、後悔の念が込み上げてくる。 ヤバイ、何か恥ずかしくって涙が出そう・・・ 「えーと、その・・・なんだ」 どうにか涙を堪えていると、咳払いとともに決まり悪そうな柘植の声が耳に届く。 「それは、その、俺と和宏、二人っきりというわけで・・・」 言葉に、こくりと頷く。 「・・・俺、それで我慢できる自信、ないんだけど?」 「う、うん・・・」 確認するように一字一句区切って言う柘植の言葉に、ただ頷くしか出来ない。 「・・・いいの?」 こくり。 自分で言い出したことなのに、羞恥で顔が熱い。 それでも、どうにか頷くことはできた。というか、それしかできない。 そのまま俯いていると、また沈黙が続いてしまう。 その沈黙に耐え切れずに顔を上げれば、嬉しそうに破顔している柘植が目に映った。 ・・・呆れられたり嫌がられたりしなかったことに、ホッとする。 不安が全て消えたわけじゃない。 どう変わるかなんて、分からない。 だけど柘植の顔を見ていたら、大丈夫だって、理由もなくただそう思った。 >> NEXT 06.02.24 |