恋人たちの気持ち  (5)





須田は、中学時代確かに近くにいた。
けれど、それは校内にいるときの話で、一緒に遊んだという覚えはない。
3年間同じクラスだったし、近くにいたから話していた、そんな関係。
はじめて話したのだって、確か2学期が始まってからだ。
体育で2人1組を作れと言われた時、ふと隣で動こうとしない須田に気が付いた。
「何やってんの?」
「・・・相手、いないから」
「なら俺らと組もうぜ。3人だから1人足りないんだ」
何となく声をかけて、体育の時間を過ごした。
その後は、クラスメートとしてたまに話すくらいだったようにしか覚えていない。
それが今、何で和宏に?

「あいつは異常なまでにあんたに執着してる。あんたと相田くんが付き合ってるって知ったなら、必ず相田くんに何かする」
確信めいた渚の言葉に、嫌な不安が強くなる。
「最近和宏の元気がなかったのも、そのせいか?」
「たぶん。一度会ったって言ってたから。詳しくは話してくれなかったから分からない。秋良にも言わないでって頼まれたくらいだもの。・・・心配かけたくなかったんだと思う」
それでも話してほしかったと思うのは、俺の我が儘だろうか。
和宏は、いつも俺に遠慮する。
元々気を遣う性格だから、別に俺だけと言うわけではないけど・・・もう少し、頼ってほしい。
「何て顔してんのよ」
「・・・和宏にとって、俺って何なのかな?」
俺は和宏のことが好きだし、和宏も俺のことを好きでいてくれる。
それは疑っていない。
和宏の方が先に俺のことを好きになってくれたことも、それに気付かず和宏を苦しめたことも分かってる。
だけど、和宏をどんどん好きになって、今では俺の方が想いが強いんじゃないかとも思う。
・・・そんなもの量れるものじゃないけれど。
それでも思ってしまう。
「俺と付き合わなきゃ、須田と関わることも嫌な思いをすることもなかったんじゃないか?」
「・・・じゃあ別れたら?」
いつもより低い、冷たい声に、一瞬何を言われたのか意味が掴めない。
確かめるように顔を上げれば、言葉以上に冷たい目を向けられていた。
「あんたがそんな気持ちなら、さっさと解放してあげたら良いじゃない。そしたら、確かにもう何も言われなくなるでしょうよ」
一息置いて、でも、と続ける。
「あんたはそんな中途半端な気持ちで、相田くんと付き合ってたの?」
渚の言葉が、胸に引っ掛かる。
和宏といると落ち着いて、それから楽しくなって。
誰かを想っていると知ったときには酷く嫉妬した。
想いが通じあってからは、近くにある微笑みに幸せを感じ、それを失いたくなくて、守りたくて・・・側にいたくて。
和宏との繋がりをもっと確かなものにしたくて、一人で焦ったりもした。
それでも時が来るまで待とうと決めたのは、何でだった?
・・・・・・和宏を、失いたくないから。
ハッと顔をあげると、目の前の渚は今までにないくらい優しい笑みを浮かべていた。
「良かった、もう少しで秋良のことぶん殴るところだったわ」
その言葉に、俺の考えが間違いでないと自信を持つ。
「何かいつも助けられてるよな・・・ありがとう」
酷く素直な気持ちで礼を言うと、今度は不適な笑みを浮かべて。
「当たり前じゃない?相田くんを悲しませたくないもの」
その気持ちなら、誰にも負けない。
もう一度だけ渚に礼を言うと、俺は急いで学校を後にした。



学校を出てすぐ、携帯から和宏へと電話をかける。
いつもより長いコールの後、小さく愛しい声が聴こえてくる。
「和宏?今どこにいる?」
『もう家だよ。今日はごめんね、先に帰っちゃって』
「いや、それは構わないんだけど・・・30分後くらいに、少し時間ある?」
『え・・・?』
「や、何ていうか、今めちゃくちゃ和宏に会いたくて。何時間か前まで一緒にいたのになー」
不安を和宏に気付かれないように、わざとふざけてみせる。
『・・・うん、僕も会いたいと思ってたとこなんだ』
声が少し小さい。
またモヤモヤとした不安が生まれてくるが、無視して明るく振舞う。
和宏に会えば、きっとすぐに消えるだろうから。
「んじゃ和宏んちの前まで行くよ」
『えっ、そんなの悪いよ。定期もきかないし。僕が行くよ?』
「・・・じゃあ駅まで。改札出なければ金かかんないし。な?」
『う、うん。分かった』
「じゃあ、また後でな」
やっぱり慌しくなってしまったやり取りの後、携帯を握り締めたまま駅までの道を走った。





柘植から電話をもらって、待ち時間なんて考えもせずそのまま家を出てきた。
今はただの静かな機械でしかない携帯をぼうっと見ながら、柘植を待つ。
電話口の柘植は、珍しく強情で、少し圧倒されてしまった。
だけど、会えることは嬉しくて、気が付いたときには頷いていたのだけど。
時計を見ると、何事もなければもうそろそろ着く時間だろう。
そう思って改札へと目を向けると、ちょうどこちらへ向かってくる柘植を見つけ、慌てて駆け寄る。
「和宏!悪い、待たせた」
「ううん、それは大丈夫だけど・・・どうしたの?」
「だから電話で言っただろ?ちょっと顔見たくなっちゃったんだって」
にっこりと笑う柘植はいつも通りで、何だかホッとする。
「・・・少し、顔色悪い?」
「え、そんなことないよ?ちょっと疲れてるだけ」
慌てて首を振る。
正直に言えば、須田くんに言われた言葉が離れなくて、考え込んでしまう日が続いていたのだけど、それを柘植には気づかれたくなかったから。
「和宏、無理するなよ?」
「うん、ありがとう」
「頼りないかもだけど、いつでも俺は和宏の味方だからな」
「え・・・?」
「んじゃ、今日はもう遅いから帰るな。いきなり呼び出してごめんな!」
また明日、と手を振ってホームに戻っていく柘植を見ながら、すごく幸せな気持ちになる。
体調のことを心配してくれたのだと思ったのに、どうやら違ったらしい。
たぶん突然会いに来てくれたのは、柘植らしい優しい心遣い。
・・・やっぱり、僕は柘植のことが好きだ。
もう見えなくなった後姿を追いながら、強くそう感じた。







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06.02.22




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