恋人たちの気持ち  (3)





「柘植の、親友・・・?」
「そう。高校は離れちゃったけどね、今でも親友だと思ってるよ」
ずっと笑みを絶やさないまま、次の言葉はない。
だけど視線は真っ直ぐ僕の方にあって・・・まるで見定められているようで、居心地が悪い。
「あの・・・何で、僕のこと?」
「秋良と仲良くしてくれてるって聞いたからさ、挨拶くらいしとかなきゃと思って」
「柘植から聞いたんですか?」
「そういうわけじゃないけど。秋良のことなら自然に耳に入るんだよね。例えば・・・高校入ってからの彼女のこととか」
彼女という言葉だけ、やけに強く感じたのは気のせいだろうか。
この人は、何が言いたいんだろう。
何を、知っているの?
ちらりと表情を窺っても、浮かべているのは微笑みだけで・・・感情が掴めない。
「あ、あの!特に用がないなら・・・失礼して良いですか?」
「あ、ごめんね、引き留めちゃって。うん、またね」
とにかく側から離れたくて慌てて口にすれば、あっさりと去っていく。
またね、って・・・再びがあるのだろうか。
小さくなる後ろ姿を見ながら、やけに冷たいものを感じる。
これ以上この場にいたくなくて、彼とは反対方向に走りだした。




「相田くん、何かあった?」
「え?」
「朝からずっとボーっとしてるから。今も秋良が出てったの、気付いてないでしょ?」
言われて周りを見渡してみると、確かに柘植の姿がない。
ついさっきまで、すぐ隣で大塚さんと騒いでいたのに・・・
「ごめん。えっと、柘植は?」
「先輩に呼び出されたの。たぶん30分くらいは戻らないんじゃないかな」
で、何があったの?
心配そうに覗きこまれて、どう答えるべきか迷う。
特に何があったというわけじゃない。
ただ、昨日会った、柘植の親友だという人の顔が離れない。
それと同時に、得体の知れない不安が駆け巡る。昨日から、ずっと。
「秋良にも言いづらいことなんじゃない?私、結構口固いし、話せば楽になるかもよ?」
本気で心配してくれている様子が嬉しくて、この優しい同級生がまるでお姉さんみたいに思えた。
実際にそんなこと口にしたら気を悪くするかもだけど・・・相談相手としては、最高なのかもしれない。
「大塚さんは、柘植と中学は一緒なんだよね?」
「うん、そうだけど?」
「・・・柘植の親友のことも、知ってる?」
恐る恐る訊けば、一瞬考える様子を見せて、次第に顔がこわばってくる。
「・・・もしかして、須田に会ったの?」
「う、うん。昨日、帰りに声かけられて」
「何もされなかった!?」
「え?うん、ちょっと話しただけで、すぐ分かれた、けど・・・」
明らかにホッとする。
それからまた少し何かを考えて声を抑えて言う。
「須田には近付かない方が良いよ。あいつ、相田くんに何するか分からない」
「・・・柘植の、中学からの親友だって言ってたけど」
「親友ね・・・どっちかって言うと、須田の方が秋良に執着してる感じだったな」
だからだろうか、昨日の感じ・・・ずっと笑っていたのに、目だけが妙に怖かった。
ずっと不安が消えないのは、だから?
「私も文句言われたことあるの。お前は秋良の何なんだって。秋良が彼女を取っ替え引っ替えしてたときも、私はずっと近くにいたからね。もちろん友だちとしてだけど」
からかうときとかは別にして、普段大塚さんは人を悪く言わない。
そんな大塚さんが、珍しく嫌悪を表してる。その理由はきっとこの辺りから来てるのだろう。
でも、須田くんのその行動って・・・
「僕が柘植と付き合ってるって、知ってるのかな?」
「・・・あいつ、妙なとこで勘が鋭いから。確信は得てないけど、どこかで疑ってるんだと思う」
違う学校で、僕ははじめて会う人。
なのに彼は、僕のことを知っていた。恐らく、柘植との関係も。
「とにかく、関わらないのが一番!秋良と一緒にいれば問題ないと思うし」
「うん・・・でも、このこと柘植には言わないでおいて」
「なんで!?」
「だって、柘植とは仲良かったんでしょう?」
こんなことで関係壊してほしくないし、何より心配させたくない。
別に何かをされたわけでもないのから。
「・・・相田くんがそう言うなら、黙っておくけど。でもこれだけは覚えておいて。秋良にとって、一番大切なのは相田くんなんだからね!」
「うん、ありがとう」



僕にも変な意地があったのかもしれない。
帰り道、今日の僕の様子をやっぱり心配してくれた柘植に訊かれても、大丈夫としか言えなくて。
だって思ったんだ。
柘植との関係が先に進みそうなときになって、守られているだけじゃ嫌だって。
僕だって強くなって、柘植と釣り合う人になりたい。
甘えてるだけなんて嫌だ。
・・・そう思ったのだけど。

「やぁ、また会ったね」
一日中離れなかった笑顔と、冷たい視線。
それがまた目の前にあって・・・やっぱり怖いと感じた。
「帰りも一緒なんだ?」
「・・・何で、ここに」
「秋良と分かれてからの方が都合良いでしょ?」
何を、言っているの?
「ちょっと相田くんと話したいなって。良いよね?」
優しく、それでいて有無を言わさぬ言葉。

このとき、意地張って強がってしまったことを、すごく後悔した。







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06.01.23




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