L i m i t  (6)





誠一たちと別れた後もすぐには家に帰る気がせず、ようやく覚悟を決めた時には既に日付が変わっている時刻だった。
部屋に明かりはついていない。拓弥ももう部屋で寝ているのだろう。
拓弥の部屋に真っ直ぐ向かい、扉に手をかけたところで躊躇う。
結局、まだ迷っているのだ、自分は。
苦笑を浮かべて、一度頭を振る。そして、今度こそ静かに扉を開けた。
暗い部屋の中に入り、ベッドに近づく。
覗き込めば、拓弥が健やかな寝息を立てていた。
それを確認して、恭平はベッドサイドに腰掛ける。
重みにベッドが小さく軋んだが、拓弥は起きる気配はない。

”素直になっちまえば、楽になれるんじゃねぇ?”

安らかな寝顔を見ながら、先ほど誠一に言われた言葉が思い出される。
だが今更どうすれば良いのか。
拓弥が何よりも家族を求めていることを知っていると言うのに。
俺の行為は、それを裏切るものに他ならない。

”すでにお前のその態度が拓坊を傷つけてるんだろうよ”

・・・分かってる。拓弥を泣かせてばかりでいることなんて、重々承知しているのだ。
結局、伝えても伝えなくても、傷つけることには変わりないのかもしれない。
なら、伝えてしまった方がよいのだろうか。たとえ、さらに傷つけるようなことになったとしても。
考えながら、無意識に寝ている拓弥の髪に手を伸ばす。
そのまま何度か梳いていると、感触に気がついたのか小さく身じろぐ。
「ん・・・恭、ちゃん?」
目を覚まし、隣にいる存在に気がついたのか、小さく名を呼ぶ。
「起こしたか?」
「んー・・・恭ちゃん・・・」
まだ半分夢の中なのだろう。寝ぼけている様子が見て取れる。
無意識に手を伸ばし、恭平の手を軽く握る。
「恭ちゃんのこと、すっごい好きだから・・・だから、側に、いて・・・?」
「・・・っ」
言って、嬉しそうにふわりと笑った瞬間、衝動的に口付けていた。
触れた柔らかな温もりに、そのまま全て奪ってしまいたくなるが、どうにか理性で持ちこたえる。
「・・・え?恭ちゃん?」
静かに唇を離すと、そこでようやく完全に覚醒したのか、目を見開いて飛び起きる。
状況が把握できていないらしく、混乱している様子だったが、今の行為を思い出したのか次第に頬が赤く染まっていく。
「恭ちゃん?え、何でっ・・・」
「俺はいつも、こういう目でお前を見てたんだよ」
「え?」
「お前を見るたびに、抱きしめてキスして、全て手に入れたくなった。信じられないだろう? 弟みたいなお前に、俺は欲情してたんだよ」
「・・・っ」
「二人で暮らすようになって、自覚した。無防備なお前見て、限界だと思った。このままだと、いつか自分勝手な 想いでお前を傷つけてしまうと思った。だから、離れた」
拓弥は何も言わない。何も言えないのかもしれない。ただ、大きな目をさらに見開いて恭平の話を聞いていた。
「・・・さっきのも、我慢がきかなかった。謝ってすむことじゃないけれど・・・ごめん」
言えば、拓弥は勢いよく首を横に振る。
「ううん!あの、さっきのは・・・その、嬉しかったし・・・」
語尾はか細く、殆ど聞こえないような声だった。
だから自分に都合よく聞き間違えたのではないかと、恭平は自分の耳を疑う。
何か言わなければと思うが、何から話せば良いのかも分からず、ただ拓弥をじっと見つめる。
「・・・あのさ。じゃあ、最近、冷たかったのはそのため?」
しばらくして、ようやく整理がついてきたのか、顔を真っ赤にしたままの拓弥が訊いてくる。
「ああ」
「そっか、良かったぁ」
素直に答えれば、拓弥は嬉しそうに笑う。
「嫌われてたわけじゃなかったんだ」
心底ホッとした様に呟く拓弥に、恭平は堪えていたものが溢れ出すのを感じた。
「・・・悪い、我慢できない」
「え・・・───」
拓弥が何かを言う前に、そのまま口付ける。
ベッドに押し倒し、想いのままに先程より深く唇を貪る。
「っはぁ」
唇を離せば、拓弥は大きく息を吐く。息苦しかったのか、目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「恭、ちゃん?」
不安げに名を呼ぶ拓弥の声を無視して、そのまま寝巻き代わりのTシャツをたくしあげる。
わき腹に手を伸ばせば、ビクリと反応する。
「・・・嫌なら、言ってくれ。今なら、まだ引けるから」
逆を言えば、これ以上進んでしまったらもう後には引けない。
その意味を込めて告げるが、予想に反して拓弥は首を振ってしがみついてくる。
「・・・恭ちゃんなら・・・いいよ」
届いた小さな呟きに、後はもう何も考えられなくなる。
そして再び唇を寄せれば、拓弥も震える手を背に回した・・・───







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04.12.06




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