L i m i t  (5)





初めは、可愛い弟でしかなかった。


小学校に入学したばかりの拓弥は、その頃から両親に形ばかりの愛情しかもらっていなかった。
父親も母親も、どちらも息子より自分を優先するような人だった。
言葉だけは愛してると拓弥に告げ、欲しいものだけは与えていく。
だが、拓弥が本当に欲しかった"愛情”は、彼らは与えることはなかった。
そんな拓弥を、学校帰りの公園で見かけたのが始まり。
部活帰りで既に薄暗い中で、一人ブランコに座っている子どもが気になって、何気なく恭平が声をかけたのだ。

「おい、小学生。何やってんだよ、こんなトコで」
「遊んでるの」
「遊んでるって、もう暗いじゃねぇか。家帰んなくていいのかよ。おかーさん心配してんじゃねぇ?」
「・・・帰ったって、どうせ誰もいないもん」
言って涙ぐむ子どもを放っておけるほど、恭平も冷たくはなく。
結局、その日は自分の家に連れ帰ったのだ。
恭平の母親は、話を聞いて強く同情したのか、拓弥を快く受け入れ夕飯も一緒に食べさせた。
誰かと一緒の夕飯が久しぶりだったのか、拓弥は嬉しそうに色々と話し、恭平の両親もすぐに拓弥自身を気に入った。
「いつでも、いらっしゃい」
帰り際に言われた言葉に、拓弥は嬉しそうに笑っていた。
その後、恭平が家まで送っていったが、その時も9時を回っていたにもかかわらず部屋の明かりは付いていなかった。
「・・・一人で大丈夫か?」
思わず訊いてしまった恭平に、拓弥は笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。いつも一人だもん」
「そっか・・・」
こんな子どもに笑ってこんなことを言わせる、会ったこともない拓弥の両親に苛立ちを覚える。
「お兄ちゃん・・・また、遊びに行っても、いい?」
思えば、初めは同情だったのかもしれない。
会ってから初めて見せた不安げな様子に、恭平はせめて俺が側にいてやらなければと思った。
「いつでも来いよ。遊んでやる」
「うんっ!じゃあ、またね。ありがとう!」
嬉しそうに笑った拓弥は、それからよく恭平のもとへ来るようになった。
一人っ子の恭平は、まるで弟が出来たようで嬉しくもあったし、恭平の両親も拓弥の訪問を楽しみにしている節があった。
そして、月日がたち、元々冷め切っていたのだろう拓弥の両親がついに離婚すると言う時に、拓弥は川崎家で引き取ることになった。
戸籍上は、川崎家の養子ではなく、父親の戸籍に属してはいるが、恭平の両親は拓弥を本当の息子のように可愛がった。
もちろん恭平も、弟として大切に可愛がった。

だが、恭平が一人暮らしを始めて、拓弥の強い希望で一緒に暮らし始めてから、それも少しずつ変化していった。
そして、拓弥が「家族ならいつまでも一緒にいられるよな」と笑った時に、限界だと感じた。
拓弥に対して、弟としてではない感情を向けていることに気付いた。
だから、離れた。
冷たくしたいわけではなかったが、傷つけてしまうよりはマシだと思ったから。


今となっては、何が正しかったのか分からないけれど。







「恭平さー、素直になっちまえば楽になれるんじゃねぇ?」
自分の考えに意識を投じていた恭平を、誠一が呼び起こす。
見れば、宮崎も頷いている。
「・・・俺は楽になるかもな。だけど、それで拓弥を傷つけるくらいなら、何も言わない方がいい」
「って、すでにお前のその態度が拓坊を傷つけてるんだろうよ」
「・・・っ」
呆れたように言われるのに、恭平は何も言えなくなる。
「つーか、お前ちゃんと泰成の話、聞いてたか?何でこいつがここに来たと思ってるんだよ」
言われてみれば、そうだ。
恭平は一方的に宮崎を見たことがあるだけで、宮崎の方は恭平のことも、拓弥との関係も知らないはずだ。
今更のように疑問を抱けば、今度は宮崎が説明する。
「別の話で、伊藤先輩に拓弥君の話をしたんですよ。そしたら、伊藤先輩が拓弥君の大切な人に心当たりがあると言うことで、 お節介かとは思ったんですが、来ちゃいました。可愛い後輩の辛そうな顔を、これ以上黙ってみてられなかったもので」
すみません、と全くそう思っていないような顔で謝られる。
「そーいうこと。拓坊も、少なからずお前のこと"大切な人”って思ってるんだからさ。素直になっちまえよ」
「・・・あいつにとって、俺は家族でしかないんだよ」
「んなもん、訊いてみなきゃ分かんねーじゃねぇか。安心しろ、玉砕したら俺が慰めてやる」
にやりと笑う誠一に、聞こえるように大きく溜息をついてみせる。
言い方は無茶苦茶だが、言ってることは一理ある。
中途半端に離れようとしていたのは、自分が臆病だったからに過ぎない。
どうせ離れるなら。・・・全てを吐き出してしまう方が、いいのかもしれない。

「頑張れよー」
無言で立ち上がり、今度こそ出て行く恭平を止めることなく見送る。

「さぁて、じゃあ後は俺たちで楽しい時間を過ごそうか?泰成」
「生憎ですけど、僕にはその気はありませんので。これで失礼します」
「・・・相変わらず、つれないねぇ」
肩に回した手を無下に解いて、宮崎はグラスの中身を飲み干してから席を立つ。
残された誠一は、苦笑しながらもう一杯同じ酒を頼むことにした。







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04.12.03




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