L i m i t  (4)





「・・・ぅん・・・?」
薄く光を感じて、拓弥は重い瞼を上げる。
自室のベッドの中で、昨夜カーテンを閉め忘れたのだろう窓から朝の光が差し込んでくるのを、呆然と受けていた。
恭平が出ていった後、拓弥は自室にこもって涙を零し続け、そのまま泣き疲れて眠ってしまったのだろう。
止めどなく流れる透明な雫は、一体どれほどあるのかと思うほどに溢れ出ていた。
目が、少し重い。

「・・・恭ちゃん・・・」

それでも、どうしても呼んでしまうのは、保護者でもあり、またそれとも違う感情で想っている人の名前。
人は失ってから大事なものに気が付くとはよく言うが、拓弥の場合もまさにそれであった。
それまでも兄のように慕ってきたが、恭平との間に距離が出来てから、自分の想いを自覚した。
兄でも、保護者でもなくて、一人の人として好きだということに。

「・・・もう、ダメなのかな・・・」

昨夜見せられた、恭平の冷たい瞳を思い出すだけで、背筋が凍る思いがする。
あれほどに冷たい瞳を向けられたのは、初めてではないだろうか。
前は、瞳の奥に優しい光を感じていたし、最近は瞳をあわすことすらなかった。
「・・・俺が気付かなかっただけか・・・」
多分、ずっと前からあの瞳で見られていたのだ。自分が気が付かないところで。
「それでも、側にいたいんだ・・・」
拓弥の目から、再び涙がこぼれ落ちた。








「随分と、ご機嫌斜めだねぇ、恭平?」
「・・・」
「無視かよ?それはまた随分と酷いんでない?」
言葉とは逆に面白そうに笑みを浮かべながら、男は勝手に恭平の隣へと腰を下ろす。
冷たく睨み付けるも怯むことせず、男はそのままマスターにいつもの酒を頼む。
「久しぶりに会ったって言うのに、相変わらず冷たいですこと」
「・・・お前は相変わらず煩いのな、誠一」
「まあまあ、そう言うなって。俺が煩いのは今に始まってことじゃないだろ?」
恭平の嫌味も軽くかわして、誠一は運ばれてきた酒を口に運ぶ。
”伊藤 誠一”は恭平の中学時代からの友人であり、大学までも一緒だった腐れ縁の男だ。
恭平自身はあまり認めたくないが、親友と呼べる仲であり、またいざという時には頼りがいのある男である。
出来れば誰とも話したくない現状で、つい呼び出しに応じてしまったのも、相手が誠一だったからとも言える。
・・・認めたくはないが。

「それで何なんだ?わざわざ俺を呼び出した理由は」
「ああ、何かどうしてもお前に会いたいって奴がいてな。もうすぐ来ると思うんだが・・・ああ、来た来た。こっちだ、泰成」
誠一につられて入り口の方に視線を向けると、穏やかな表情を浮かべている眼鏡の男が一人こちらへ近づいてきていた。
その男の顔に覚えがあり、恭平は思わず顔をしかめてしまう。
一度だけ拓弥のバイト先を見に行った時に、拓弥と親しげに話していた男。
「すみません、遅くなりました」
「いや、俺もさっき来たとこ。恭平、こいつがさっき話したお前に会いたいって言ってた奴。俺の後輩で、宮崎ってんだ」
「初めまして、宮崎です。今日は無理を言って、申し訳ありません。お会いできて凄く嬉しいです」
「・・・俺は会いたくもなかったがな」
「へぇ・・・それが本心?」
「・・・っ」

どこまで本気なのか分からない口調で、口元には笑みを浮かべたまま誠一は訊ねる。
それに恭平は無言で睨み付け、誠一は誠一で答えを望んでいるわけではなかったのか、再度訊ね返すことはなかった。
「さて、突然で申し訳ないんですが、今回無理言って時間を作っていただいたのは、ある話を聞いて欲しかったからなんですよ」
しばらく無言が続いたが、それを遮るように宮崎が口を開く。
「実は僕、とある喫茶店でバイトをしているんですが。そこにとても可愛い後輩がいまして、つい最近彼から相談を受けたんですよ」
「・・・」
「詳しい話はしてくれなかったんですが、それはもう見ているこっちが辛くなるような表情で話すんですよね」
「・・・それが俺に何か関係があるのか?誠一、こんな話だけなら俺はもう帰るぞ」
言ってそのまま立ち上がろうとするのを、今度は誠一が止める。
「逃げんの?泰成からも、あの子からも・・・自分からも」
「・・・っ」
「・・・話、続けても構わないですか?」
形だけ許可を求めて、応えを待たずに話を再開する。

苛々が増長する。
誠一の視線にも、宮崎のどこか遠くに感じる声にも。
自分の気持ちが分からなくなる。

「俺にどうしろってんだ・・・っ」

だが、恭平の言葉に答えをくれるものは、誰もいなかった。







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04.11.30




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