L i m i t (3) |
「俺たちって、家族みたいなもんだよね?」 「あ?」 「だってさ、恭ちゃんは俺の保護者代わりなんだろ?だったら俺たち、家族みたいなもんじゃん」 「・・・・・・」 「家族だったらさー、いつまでも一緒にいられるよなっ!」 そう言って嬉しそうに笑う拓弥を見て、瞬時わき上がった気持ちを何と言おう。 ただ、その想いを隠すための言葉を発した後の、今にも泣きそうに歪んだ笑顔が今も離れない。 「俺がお前の面倒を見るのは、お前が高校を卒業するまでだ」 その日、恭平は珍しく早い時間に門をくぐった。 いつもの様に鍵を開け、静かに家に入る。 ───ちょっとした違和感。 いつもと同じ様に、明かりのついていない家の中。 だがそれは、いつも住民が寝静まったのを見越してから帰ってくるためであって。 「・・・出かけてんのか、あいつ」 この時間に、明かりがついていないことも稀ならば、出迎えがないことも稀で。 いくら邪険に扱っても、拓弥はよく自分が帰るのを待っていた。 そして健気にも笑いかけてきて・・・それをまた裏切る自分。 つらつらといつもの自分の態度を思い出して、ふと気付く。 今、感じている違和感が何なのか。 人の・・・拓弥のいる気配がない家。 起きている姿を見ない様にはしていても、気配だけは常に感じている。それが、今はない。 ただ、それだけ。それだけなのだが。 「・・・あいつも、もうガキじゃないんだ」 自分に言い聞かせるかの様に呟き、恭平はそのまま自室へと向かう。 明かりのついてないダイニングに、毎日の様に用意されている夕飯に気付くこともなく。 「───あれ?」 鍵を開け、ドアを開けた瞬間に気付く、いつもとは違う家の雰囲気。 拓弥は思わず、小さく声をもらした。 バイトが終わった後、ほんの少し恭平とのことを宮崎に相談して、そのまま食事に誘われたので一緒に夕飯を食べて。 久しぶりの、誰かと一緒の食事と楽しい会話に、随分とゆっくりしてきたのだが。 「・・・恭ちゃん、帰ってきてる?」 家の中は相変わらず暗いし、パッと見、玄関にも恭平の靴は見あたらないけれども。 確かに、家の中には恭平の気配がある。 慌てて腕時計で時間を確認すれば、時刻は11時前。 恭平が何時に帰ってきたのかは分からないが、この時間に家に帰っていることも珍しい。 いつも通りに帰ってきたら、少しは話が出来たかな・・・ まともな会話が成立した記憶は、ここ最近では無いに等しいが、拓弥は外で食べてきたことを後悔した。 もしかしたら、夕飯だって一緒に食べられたのではないかと。 「あ、そう言えば・・・」 もしかしたら、用意しておいた夕飯を食べてくれているんじゃないかと期待して、拓弥はまっすぐダイニングに向かう。 だが、向かった先にはラップのかけられたままの食事が、全く手をつけられた様子もないままに置かれていた。 「・・・やっぱ、そうだよね・・・」 少し泣きそうになるのを堪え、拓弥はダイニングを出て、そのまま恭平の部屋へと向かう。 外で食べてきたのかも知れない。 俺が作ったご飯なんて食べたくないのかも知れない。 それでも、話す口実が欲しかった。 「・・・恭ちゃん?」 軽くノックをしてから、小さく声をかける。 中から何も返事はないが、まだ起きている気配はするので、拓弥は再び声をかける。 「恭ちゃん、あの・・・夕飯、もしまだなら、用意してあるから・・・」 ──カチャ・・・ ややあって、開けられた扉。 久しぶりに近くで見る恭平の瞳は、やはり不機嫌そうだが、拓弥は恭平が自分の声に応えてくれただけで、嬉しくなっていた。 「恭・・・───」 「随分、遅い帰りだな」 呼ぶ声を遮る様に、放たれた低い声。 何の感情もこもっていない様な冷たい声に、拓弥は思わず声を失う。 「流石に高2にもなると、夜遊びも覚えてきたか」 嘲笑を口元に浮かべながら辛辣に言い捨て、恭平は拓弥と瞳をあわせることもなく側を通り抜ける。 一瞬、何を言われているのか分からなくなった拓弥は、ただ目を丸くして立ちつくす。 だが、恭平が離れていくのを感じて、その後ろ姿に思わず叫ぶ。 「恭ちゃんだって・・・恭ちゃんだって、いつもずっと遅いじゃん!」 いつもなら、絶対に言わない言葉。 だけど、恭平の瞳があまりにも冷たくて・・・拓弥は、我慢していた何かが弾けるのを感じた。 感情のままに叫んでも、恭平から発せられる言葉はない。 それでも、一度外れた感情の枷を戻すことは出来なかった。 「俺が待ってても、帰ってきてくれない。顔も見せてくれない、瞳もあわせてくれない! 恭ちゃんが忙しいのも分かってるけど、俺はずっと寂しかったんだよ!なのにっ・・・」 最後には嗚咽が混じった拓弥の声に、一瞬立ち止まった恭平は、何かを告げようとして、だけど何も言わずに歩き出す。 その様子に、拓弥は本格的に涙を零し始める。 「・・・ただ、側にいて欲しいだけなのに・・・っ」 視界が歪み、恭平の姿が見えなくなっても、拓弥はその場に立ち尽くし静かに涙を零し続けた。 「・・・くそっ」 自分が泣かせているのは重々理解しているが、それでも拓弥の泣いている姿を見たくはないと言う矛盾。 それを自覚している恭平は、先ほどの拓弥の様子を思い出し、小さく舌打ちをする。 あの後、そのまま外に出た恭平は、あてもなく歩いていた。 気分は最高潮に最悪。 その理由は分かり切っていて・・・それを思うたびに、更に気分は悪くなっていく。 「・・・離れた方が、お前のためなんだよ」 忌々しそうに紫煙を吐き出しながら、今も泣いているであろう被保護者に向かって呟く。 いっそ自分の気持ちを全てさらけ出せば、今の関係も終わらせることが出来るのだろうか。 それが例え、全ての終わりになったとしても。 >> NEXT 04.11.28 |