L i m i t   (2)





「ありがとうございましたー」
カラン、という音と共に出ていった客に、拓弥は明るく声をかける。
時計の針を見れば、もうすぐ9時を指すところ。
今日のバイトは、今の客で最後だろう。
拓弥は食器を片づけながら、人知れず溜息を漏らす。
「疲れましたか?」
「あ、ううん、全然っ!俺より、宮崎さんの方が疲れてんじゃないですか?大丈夫?」
カウンタ越しにかけられた、優しい気遣う様な声に、拓弥は慌てて笑顔を見せる。
それに答える様に、宮崎も「いいえ」と笑顔で返す。


”宮崎 泰成”は、拓弥のバイト先の先輩に当たる人物だ。
常に優しい笑顔で接してくれる宮崎は拓弥にとって、お兄ちゃんといった感じである。
話を聞くのがとても上手く、拓弥は恭平と話せない分、学校でのことなどを、バイト中に時間が出来ればよく話していた。
「さて、後は僕一人でも出来ますから、拓弥くんはもう上がって良いですよ」
疲れてるようですし、ゆっくり休んで下さいね。
優しく言われるのに、拓弥は思わず甘えてしまいたくなる。

・・・ちょっと相談するくらいなら、いいかな?
「どうしました?僕のことなら気にせず、上がって良いんですよ?」
「うん・・・あ、あのね。もうちょっと、残ってていいですか?」
いつまでも動こうとしない拓弥に、宮崎は怪訝そうに声をかける。
すると、返ってきたのは、控えめな態度での、ちょっとしたお願い。
自分のことを可愛がってくれて、ちょっと心配性なところもある宮崎に、余計な心配はかけたくないけれど。
自分だけでは、もう限界に近かった。
「僕は構いませんけれど・・・帰るのが遅くなってしまいますよ?」
「ん、平気。どうせ帰っても、誰もいないから」
自分で言っておいて、胸がツキンと痛むのを感じる。
家に帰っても、多分・・・いや、十中八九、恭ちゃんはまだ帰ってきていない。
今日帰ってくるかどうかさえ、怪しいのだから。

「・・・何か、ありましたか?」
妙に聡い宮崎に、やっぱり隠し事は出来ないよな、と心のどこかで思う。
出来るだけ心配かけない様に・・・
拓弥は、それだけを思いながら、静かに口を開いた。
「あの・・・」
言いかけて、続きが言えずに、そのまま止まってしまう。
何て言えばよいのか、よく分からない。黙ってたら、余計に心配かけるだけなのに・・・
「誰かに話すだけで、心は軽くなるモノですからね。僕で良ければ、聞きますよ」
穏やかな口調に、拓弥は今度こそ覚悟を決めて、でも小さな声で話し出す。
「大切な人に、ね。・・・拒絶・・・されたら、どうしたら良いと思う・・・?」
「・・・・・・」
「その人を、困らせたく、ないんだ。・・・だけど・・・離れたくない。傍に、いたい」
少しずつ、絞り出す様に話していく拓弥に、あえて宮崎は黙っていた。
今の拓弥は、誰かに話していると言うより、独白に近いモノだろうから。
「冷たくされると、どうしようもなく苦しいし、悲しい。だけど・・・それでも。離れると思うことの方が、ずっと・・・痛いんだ・・・」
胸に手をやり、痛みに耐える様に歪んだ顔を眺めながら、宮崎は自分の中で今の話を整理していた。
拓弥の言う「大切な人」とは、おそらく拓弥と一緒に暮らしているという男のことだろう。
拓弥がバイトとして入ってきた当初、何のためにバイトを始めたのかと訊いたときに、嬉しそうに話していたのを覚えている。

『誰よりも大切な人に、少しでも近づきたいんだ。早く大人になって、役に立ちたい!』

その後、拓弥の話す内容には、何度も拓弥の言う「大切な人」の話が出てきた。
少し顔を赤らめながら、嬉しそうに。まるで宝物を見せるかの様に。
・・・あの時の、眩しい笑顔を見なくなったのは、いつ頃からだったろうか。


「・・・俺が、恭ちゃんのこと、誰よりも大切だって思うことが・・・迷惑だったのかな?」


「何言ってるんですか、拓弥くんっ!そんなことがあるはずないじゃないですか」
大きな瞳にうっすらと涙を浮かべながら呟かれた言葉に、宮崎は思わず声を荒げて否定する。
「大切に思われることを、迷惑に思う人なんていませんよ」
「・・・うん」
言いくるめる様に、ゆっくりと優しく言えば、拓弥は悲しそうな笑みを浮かべて、小さく頷く。
だが、その様子から素直に納得しているとは、到底思えない。
これ以上、宮崎に心配をかけたくないとの思いからだろう。
拓弥は浮かんだ涙を流す前に、袖でふき取り、変な話してゴメンナサイ、と小さく笑う。
それは無理して作られたモノだと、一目瞭然ではあるが・・・
宮崎は少し躊躇ってから、それでも少しでも楽になってくれればと口を開く。
「大切に思うなら、素直になるべきだと思いますよ。言わなければ伝わらないこともありますから」
「うん・・・」
「まぁ、それで言えたら苦労はしないですけどねぇ」
話の意図が掴めないのか、拓弥は少し首を傾げる。
「まぁ、ちょっとした経験談ですよ」
拓弥の様子に、意地悪く言ってから宮崎は笑みを深める。
これだから、この少年は可愛くて仕方ない。
「さ、今日はもう帰りましょう。ああ、拓弥くん」
「はい?」
「拓弥くんのことが嫌いな人物なんて、いないと思いますよ?」
ニコリと笑顔を浮かべながら突然言われた言葉に、一瞬目を見張るものの、拓弥は「ありがとう」と少しはにかみながら笑った。


宮崎さんの気持ちは、凄い嬉しい。
ほんの少しだけ軽くなった心に、やっぱり相談して良かった、と拓弥は素直にそう思う。




俺が好きでいることが、恭ちゃんにとっては迷惑でしかないのかもしれないけれど。
せめて、もう少しだけ。

傍に、いさせて。







>> NEXT






04.11.25




top >>  novel top >>