本当と偽りの間で (3) |
付き合わないかと言う言葉に、和宏が驚きに目を見開く。 あまりに予想外の言葉だったのだろう、混乱しているのが見て取れる。 「待って、だって、好きな人が出来たって・・・」 「あー・・・まぁ、そうなんだけどさ」 途切れ途切れに言われるのに、困ったように頭を掻いてみせる。 事実、困っていた。次に何を言うべきか、迷っていると言った方がよいかも知らない。 素直に想いを伝えるべきか、それとも別の方向から攻めるべきか。 和宏も黙って次の言葉を待っている。 しばらく間を置いてから、ようやく覚悟を決めて口を開いた。 「俺も和宏も、二人とも望みないわけだし。それって空しいじゃん?」 和宏の顔が僅かに歪んだが、すぐに納得したような表情を見せる。 これで先程の言葉が、本気だとは思わないだろう。深く考えずに、俺を代わりにしてくれれば良い。 そう思って、さらに和宏を罠にかける。 「・・・って、嫌だよな。和宏、好きな人いるんだし。悪い、何言ってんだろうな、俺」 優しい和宏は、多分これで無下に断ることが出来なくなっただろう。 困った表情をしているが、その中に迷いも見えている。 もしかしたら懸命に断りの言葉を考えているのかもしれない。優しいだけじゃなく、真面目な性格だから。 自分で仕掛けておきながら、黙ったままの和宏に諦めの念が込み上げてくる。 その時、小さく和宏が呟いた。 「柘植が、僕で良いなら・・・いいよ」 「・・・本当にいいのか?」 諦めかけた時の、承諾に驚いてしまう。訊いた声は、どこか掠れていた。 「うん。柘植がそれでいいなら」 言って、小さく微笑みかける和宏に、もう止められないとどこか他人事のように思う。 「・・・じゃあ、今日から俺たち恋人な」 罠にかけた罪悪感よりも、まずは側にいることを許されたことの喜びのほうが大きい。 あとは少しずつ、和宏の心が俺に向くように。 初めて本気で欲しいと思った相手だ、何としても手に入れると強く思った。 付き合い始めたと言っても、それは言葉上のもので、本当の恋人同士じゃない。 俺が出来ることと言えば、出来るだけ和宏と一緒の時を過ごすことだけだった。 学校内でも側にいて、時間を合わせては一緒に帰る。 遊びに誘えば、和宏が断ってくることはなく、映画も買い物もとにかく色々なところへと遊びに行った。 和宏が笑ってくれるだけで、とにかく楽しくて。 今まで付き合ってきた彼女たちにはこんな思いになったことはなかった。 和宏も少しは意識してくれているのか、たまに照れたようにはにかむ姿が見られる。 その度に、俺は心がかき乱されて、必死で理性を保つ。 手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、抱きしめることも出来ないのが辛いと言えば辛いけれど。 ゆっくり時間をかけていこうと、どこか楽観的に考えていた。 それが楽観的過ぎたことは、すぐに気が付かされた。 俺たちの奇妙な関係が始まって3週間になろうとする頃から、和宏の様子に変化が表れた。 俺が笑いかければ、笑い返してくれる。 だけど、その笑みはどこか影があって、無理して作っているようにも見えた。 俺が側にいるだけで、辛そうで。一人で悩んでいる様子も窺えた。 ・・・それでも、和宏を解放してやれなかった。 「最近、あんたも相田君も様子が変だよね」 「・・・いきなり何だよ、渚」 部活中、ふいに横からかかった声に、睨んでみせる。 だが、声をかけてきた本人は平然と受け流す。 「別に。やっとこさ秋良がまともな恋愛できるようになったのかと思えば、前途多難みたいだからさ」 ・・・これだから、こいつは侮れない。 言葉に詰まった俺に、渚はにやりと笑みを送ってくる。 男女の差はあれど、同じ陸上部の"大塚 渚"は中学の頃からの気があう友人だ。 非常にさばさばした性格で、俺がいい加減な付き合いをするたびに和宏と同様、文句をたれていた。 とはいえ、俺に対して一切の恋愛感情はない。もちろん、俺からしても友人以外の何者でもない。 曰く、「あんたの態度は、相手の女の子たちに失礼だ」 全くもって、もっともな言い分である。 だから今回も、何も意味もなく話し掛けてきたわけではないはずで。 「・・・何が言いたいんだよ」 「秋良がさ、本気になったのは良いことだと思うし、応援したいとも思うんだけどねぇ?」 俺の質問には答えず、意味ありげに笑みを浮かべる。 こいつはいつもそうだ。まるで言葉遊びをするかのように、直接的な言葉は後に回す。 そのくせ、言葉は的確に人をついてくるので、侮れない。持ち前の観察力と推理力がものを言うのだろうか。 だから俺は、すぐに降参した。何を言っても、渚をはぐらかすのは不可能だろうから。 「なら別に良いだろ。素直に友人の恋路を応援しててくれ」 「もちろん、応援はしてるよ。でもね、相手の気持ちも考えられないで本気も何もないでしょ」 言われて、また言葉に詰まる。 最近の和宏の様子が変なことには気がついているが、それでも繋ぎとめているのは俺のエゴだ。 だが、それを素直に認められるほど俺は出来た奴ではなく、渚には強がって見せる。 「・・・俺だって、考えてるよ」 「そう?ならいいけど。でもね、何にせよ逃げてないでハッキリさせた方がいいわよ。見てて、辛い」 言うだけ言ってスッキリしたのか、渚は自分の練習に戻っていく。 最後に呟くように言った、見てて辛いと言うのは、俺のことか和宏のことか。 和宏のことを考えれば、ハッキリさせた方が良いに決まっている。 そう思いはしても、本心はそれと逆のことを願っている。 俺は持て余す気持ちを振り切るように、残りの練習に没頭した。 >> NEXT 04.11.21 |