本当と偽りの間で  (4)





結局、部活中はどれだけ走り込んでも、渚が言った言葉が離れなかった。
「調子悪いな、柘植。どうした?」
部長の言葉も、苦笑を返すしかなく。自分が今、何をしているのかも分からなくなってきた。
俺が望んだことは、和宏の側にいること。そして、出来るならば和宏の心も手に入れる。
だけど、それ以上に・・・笑っていて欲しい。
「・・・ま、頑張りな」
部室を出たところで、俺を待っていたのか渚が背中をポンと叩いた。
それに後押しされるように、俺は覚悟を決めて和宏が待っているであろう教室に向かった。





教室では、いつものように和宏が本を読んで待っていた。
入ってきた俺に気が付いて、「お疲れ様、遅かったね」と笑いかけてくる。
ああ、やっぱり好きだ。
思いながらも、もう一度覚悟を固めて、帰り支度を始めた和宏に話し掛ける。
「なぁ、和宏。前に言ってた好きな奴のこと・・・まだ、好きか?」
「え?」
「って、決まってるよな。あれから、まだ一ヶ月もたってないし」
「柘植?何言って・・・?」
突然始まった話に、戸惑いを隠せない。
だが、俺は構わず話を続けた。ここで止めてしまったら、決心が鈍りそうだったから。
「やっぱさ、無理あったよな。好きでもない奴と付き合うなんて」
「・・・」
「・・ごめんな、俺の我が侭につき合わせて。でも、もういいから。嫌だっただろ?ホントは」
「っ、そんなことない!」
早口に告げる言葉を遮るように、和宏がふいに叫ぶ。
それに驚いて、今まで出来るだけ見ようとしなかった和宏の様子を窺う。
自分でも反射的だったのか、驚きに戸惑った様子を見せ、そのまま目を伏せてしまった。
「・・・和宏?」
呼ぶが、何も応えない。ただ、何かを振り払うように小さく首を横に振っていた。
「ごめん、和宏。お前を困らせたいわけじゃなかったんだけど・・・」
言って、俯いたままの和宏に、こんなのただの言い訳だと小さく溜息をつく。
何を言っても、和宏を困らせることしか出来ない。それなら今はとりあえず離れるしかない。
このままだと、俯いて小さく震える和宏を抱きしめて、二度と離せなくなりそうだから。
「・・・ごめん」
もう一度だけ謝って、静かに和宏の側から離れる。
これで全てが終わったなと、胸に穴が開いたような気持ちになりながら。

「・・・違う」
扉に手をかけたところで、小さな声が届く。
俺も大概に未練がましいと思いながらも立ち止まると、今度は先程よりハッキリした声が届く。
「違う・・・嫌じゃない、困ってない・・・」
最後は、少し掠れていた。
慌てて振り向けば、涙を零しながらも真っ直ぐに俺を見詰めている和宏の姿。
見据えられて、心が揺れる。勘違いしてしまいそうになる。
「・・・無理すんなよ。泣くほど、好きなんだろ?」
和宏は黙って頷く。
「最近笑わなくなったのも、そのためなんだろ?」
焦燥感にかられる。少し躊躇ってから頷く和宏を見て、カッとなる。
「だったら!・・・だったら、俺から離れるのが一番じゃないか」
「それでも、側にいたいんだ!」
俺の言葉を遮るように、叫ぶ。
一瞬、言葉の意味が捉えられず、驚きのまま和宏を見やる。
和宏は叫んだために上下する肩を落ち着かせて、静かに俺を見据える。
「僕が好きなのは、柘植だ」
やけにハッキリと聞こえてきた言葉に、目を見開く。
「柘植が誰かと付き合うたびに、嫉妬した。本気で好きな人が出来たって言われて、泣きたくなった。 でもそれ以上に、代わりでしかない自分が嫌だった」
驚きに何も言えず、呆然とする俺を真っ直ぐ見つめたまま、和宏は言葉を続ける。
「謝るのは僕の方だ。柘植が勘違いしているのを良いことに、偽りでも柘植の恋人にしてもらったんだから」
和宏の声が、どこか遠くから聞こえてくるようだ。
「でもね、嘘でも恋人になれて嬉しかった。ありがとう」
これは、俺の都合の良い夢だろうか。
ふわりと綺麗に笑う和宏に、そんなことを思う。
「・・・なんだ」
無意識に出した自分の声に、これが現実だと言うことを知る。
それならば、先程の和宏の言葉も現実で。
和宏の好きな人は、俺の知らない誰かじゃなくて・・・

「本当に、ごめんね」
「あ、ちょっと待てよ、和宏!」
謝罪の言葉を残して、俺の脇を通り抜けていく和宏を反射的に止める。
「どこ行くんだよ?まだ話終わってないだろ」
「話って・・・まだ何か話すことがあるの?」
「何って、和宏は俺のことが好きなんだろ?なら、両想いじゃん!」
俺の言葉に、今度は和宏が呆然とする。
「だって、僕は誰かの代わりだったんじゃ・・・」
「何言ってんだよ。むしろ俺の方が和宏にとって誰かの代わりだと思ってたんだから。あーもうっ!」
逸る気持ちを抑えることが出来ず、目の前にいる和宏を抱きしめる。
突然の行動に抗議の声を上げたが、そんなもんはもちろん無視する。
二人して勘違いして、すれ違って。何度手を伸ばすのを戒めたことか。
それが両想いだと言うのならば、我慢する必要はないはずだ。
「あー・・・馬鹿みたいに、ずっと我慢してたんだぞ、俺。早く言えよ」
「・・・」
「ホント、和宏の好きな奴に嫉妬して、代わりでもOKもらえて有頂天になって。 でも、日に日に笑わなくなてくお前見て、やっぱり間違ってたんだなって思った。だから今、俺すげー幸せかも」
腕の中の温もりに、至福を味わう。
しばらく温もりを堪能してから、これだけは言わなければと和宏の名を呼ぶ。
頬と瞳を赤く染めた和宏に、愛しさが込み上げる。

「俺も、和宏のことが好きだ」
ハッキリと告げれば、和宏の瞳から再び涙が零れ落ちる。
「嘘でも、嬉しい・・・」
そう言って、今までで一番綺麗に笑った和宏を、俺はもう一度強く抱きしめた。







「だから言ったでしょ?ハッキリした方が良いって。互いに想いあってるみたいなのに、何を勘違いしてるんだか ギクシャクしてる二人見てたら、放っとけなかったのよね」
翌日、一応心配をかけたことだしと思って渚に報告したところ、やたらと偉そうに言われる。
それなら素直にそう言ってくれれば、こんなに悩むことはなかったのにと思わなくもないが、それは口に出さないでおく。
「ま、良かったじゃない。でも、こんなに早くうまくいったのは、私のおかげよね?」
そして極上の笑顔を向けられて、結局俺はお礼と言う名のパフェを奢らされた。


互いに勘違いして、随分と遠回りをしたけれど。
これからは誰かの代わりではなく、本物の恋人として歩んでいくことに、喜びは隠しきれなかった。







END






04.11.22




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