本当と偽りの間で  (2)





「・・・で、何かあったのか?」
半ば無理やり部室に連れ込んで、初めて入る部室に落ち着かない様子の和宏に構わずに話を進める。
だが、訊いた途端に周りを見ることを止め、俯いてしまう。
しばらく沈黙が流れ、和宏に聞こえないように小さく溜息をつく。
何も言ってくれない和宏に、何も言ってやれない自分に、情けなさと腹立たしさがこみ上げてくる。
和宏の様子を見れば、先ほどと変わらず俯いたまま。
涙までは見えないが、先ほどは一瞬止まった涙をまた零しているのだろう。
和宏が泣いているところなんて、初めて見た。
俺の知っている和宏は、いつも笑顔だ。悲しいことがあっても、人前で涙を見せたことはない。
そんな和宏が、今、目の前で静かに泣いている。
何があったかは話してくれないけれど、最初に涙を見た時の切ない表情から何となく予想はついていた。
「和宏が泣いてるのは、好きな人のため?」
気が付いたら、訊いていた。
だが、訊いた途端ビクリと和宏の体が強張り、それから顔を上げた。
こちらを見る目に、予想が確信に変わる。
それと同時に、先程からずっと感じていたわけの分からない苛立ちが強まるのを感じた。
「・・・違うよ」
「嘘だね」
しばらくして弱弱しく告げられた言葉を、一蹴する。
そのまままた俯いて黙ってしまった和宏は、また涙を流しているのだろう。
泣かせたいわけじゃないのに。
そう思って、すぐに否定する。
和宏が泣いているのは俺のせいじゃない。
俺の知らない誰かを想ってだ。

「・・・そんなに好きなんだな、そいつのこと。そんなに泣くほど、想ってるんだろ?」
「・・・」
黙ったまま首を振る和宏に、嘘だと瞬時に思う。
何故、本当のことを言ってくれないのかと苛立ちが増す。
その苛立ちを抑えることが出来ず、そのまま言葉に刺が含まれてしまう。
「ホント、羨ましいくらいだよな」
そこまで和宏に想われてる奴が、心底羨ましい。
そう思っての言葉に、今まで黙っていた和宏の態度が急変した。
「・・・柘植にもいるんでしょ?」
「え?」
「ホントに好きな人、出来たんでしょ?だから、彼女作らないんでしょ?」
「何言って・・・」
突然の変化に驚いて、言葉が詰まる。
少し落ち着いてから、和宏の言葉の意味を考える。
本気で好きな人?
そんなもの、いやしない。
彼女をしばらく作っていないのは事実だ。告白されはしたが、全部断った。
本気で好きでもない奴と何となく付き合うより、和宏と遊んでる方が楽しかったから。

ふと、自分の言葉に引っかかる。
俺を好きだという彼女候補より、和宏を選んだのは、何故?
和宏が誰かを想っている姿を見て、和宏の涙を見て、無性に苛立ったのは、何故?

・・・答えは、一つしかないじゃないか。

「・・・いるよ」
一瞬だけ戸惑ったが、すぐに和宏の目を見ながら告げる。
和宏が息を呑む。訊いておきながら、まさか本当にいるとは思わなかったのだろう。
自分だって、ついさっき自覚するまで、まさかと思っていたくらいだから仕方ないが。
「でもさ、完全に片想い」
「え?」
苦笑混じりに言えば、和宏が意外だと言わんばかりにこちらを見てくる。
「何で、そう思うの?」
俺が、女子にやたらと人気があるのを知っての言葉。
そういえば片想いなんてしたことがなかったな、と他人事のように考える。
片想いどころか、そもそも本気で好きになったことなんてないのだけれど。
「自分の気持ちに気付くのが遅かった。相手には、好きな人がいるんだと」
「・・・告白したの?」
「いや、告白する前に失恋。ざまーねぇよな」
和宏の問いに答えながら、自然に自嘲の笑みが漏れる。
そんな俺を、和宏は黙って見ていた。
視線を感じながら、思う。
少しでも和宏の側にて、和宏の中に俺の居場所を作りたいと。
その思いに突き動かされるように、気が付いたら口を開いていた。
「和宏さ、前に望みないって言ってたよな?好きな人に対して」
「・・・うん」
肯定に、笑みを浮かべてしまわないように注意する。
頷くことさえ辛そうな和宏を、さらに追い詰めたいわけではないのだから。
・・・否、結果的には同じことだろうか。和宏を困らすことにはなるだろうから。
それでも、躊躇うことはなかった。
和宏に望みがないならば。今のうちに、和宏の側に俺の存在を置きたい。

「じゃあさ、俺と付き合わない?」

・・・少しずつ、自分の中にどす黒い感情が生まれていくのを、感じた。







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04.11.18




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