現実はそんなに甘くない?(4) |
津山さんの様子がおかしい。 普通に話してても、何かに気付いたように急に目をそらしたり、何気ない言葉に妙に反応したり。 それが俺の前でだけだから、余計に気になって仕方ない。 「お前何かしたの?」 「特に覚えはないんだけど・・・」 同僚に訊かれても、それしか答えられない。 本当に何かした覚えはないのだが、津山さんの様子がおかしくなったのは先週、飲みの後から。 そして俺には途中からの記憶がなく・・・となれば、原因は分からないが、やっぱり俺のせいなんだろう。 何かしたのか本人に訊いてみても「忘れといてやるよ」の一言で終わっちゃったし。 忘れてくれた方が良いことなのかもしれないけれど、好きな人に避けられる以上に悲しいことはあるだろうか。 「怒ってるって感じでもないんだけどなぁ」 普通に話しかけてくれるし、呼び掛ければ止まってくれる。 なのに途中からおかしくなる。 それは、あからさまなものではないけれど、俺を不安にさせるには十分なものだ。 「まあ仕事に支障でてないから構わないけど。とりあえず謝っとけば?」 そんで理由も聞いてみて、それから落ち込め。 そんな同僚の言葉に苦笑いしながら他に方法もないしと頷いた。 「津山さーん」 後ろから呼ぶ声に振り向けば、塚原が小走りに近付いてくる。 「どした?」 「もう帰りですか?この後空いてれば一緒に夕飯どうですか?」 「ああ、いいよ。どこ行く?」 昨日はラーメンだったから今日は米が良いなとか思いながら隣を見れば、どこかホッとしたように笑ってる塚原。 ふいにこの前の夜のことを思い出して、思わず目をそらす。 そんな俺の態度に、塚原が顔を曇らせてることには気付かなかった。 「津山さん、何かありました?」 結局あんまり金もないから、近くの定食屋ですませて、食後の一服。 急にやたら真面目な顔で訊かれて、反応が少し遅れた。 「何かって何が?」 「んー、じゃあ質問変えます。俺、何かしました?」 言われてすぐに思い出す、あの夜のこと。 頼むから忘れてくれと、何度自身に訴えたことか。 それを再び思い出さされて、ついムッとしてしまう。 「別な何もしてねぇよ」 「顔が嘘だと言ってますよ」 「・・・何があったかなんてもう忘れた」 「津山さん」 少し強く名前を呼ばれて、思わずそらした目を戻してしまう。 塚原は真剣な・・・というより、どこか切羽詰まったような表情を浮かべていた。 「津山さん、最近俺のこと避けてるでしょう」 「別にそんなこと・・・」 ない、とは強く言えない。 悔しいが、塚原を見るとあの顔を思い出してどうも落ち着かなくなるのだ。 避けているつもりはない。塚原が嫌なわけでもない。 なのに、気がついたときにはつい逃げてしまうのだ。それはもう反射的に。 自分でもおかしいとは思うけど、身体が勝手に動いてしまうのだから悪いがどうしようもない。 にしても、気が付いてたのか。塚原のくせに。 「何かしたんなら謝りますから、とりあえず何があったか教えてください。そろそろ限界です」 なんでそんな真剣なんだとか、何が限界なのかとか訊きたいことは山ほどある。 だけどまあ、認めたくないけど一番気になってることはアレなわけで。 「・・・お前、好きな人いんの?」 「へっ?・・・えっ、俺、そんな話したんですか!?」 「や、単なる興味。で?」 激しく動揺する塚原をなだめて、続きを促す。 塚原はしばらく「あー」だの「うー」だのと渋っていたが、覚悟を決めたのかもごもごと口を開く。 「えっと・・・はい、います。あ、でも片想いですけど」 だろうな。こいつがもてたとか彼女がいるとかって話は聞いたことがない。 合コンでもいつも「塚原君っていい人だよね」の言葉で終わってる。田中さん曰く、押しが弱い。 そもそも押してもなければ気にもしてない様子なのが塚原なのだけど。それもまあ好きな人がいるなら納得が行く。 セッティングするたびについてきているのは、少し不思議だけど。・・・田中さんにでも無理やり数に入れられてるのかもしれない。 「告白とかしないの?」 「はぁ・・・したんですが、まあ返事がもらえず。機会があれば、また今度・・・」 ってことは、この前のはその彼女と間違えられたってとこか。 照れ笑いとも苦笑いともとれる笑みを浮かべる塚原をぼんやり見ながら、勝手に思いを巡らす。 ・・・でも、確かあの時は俺を名指しにしなかったか? いや、俺の耳が悪かった可能性もある。つまりは聞き間違い。幻聴。・・・んなわけないか。 確認したいが、どうせ本人は覚えてないだろうし、そもそも確認すること自体に抵抗がある。 ちらりと様子を伺えば、その好きな人を思い出してるのか、まだ少し顔がにやけている。 「じゃあ男と女だったら、どっちが好き?」 「え、そりゃ女の子の方が・・・」 だよな。俺も女の子の方が好きだし。 てことは、やっぱりこの前のは間違いか。よし、問題解決。 「あ、でも津山さんが一番好きです」 一人納得したところで、さらりと爆弾発言。 ・・・・・・やっぱり、今度の休みは耳鼻科に行こう。 そんなことを思いながら、俺は溜め息とともに天井を仰いだ。 >> NEXT 05.11.18 |