現実はそんなに甘くない?(5)





「あ・・・」
一瞬遅れて、慌てふためく塚原。
その様子に、さっきの言葉はどうやら俺の聞き間違えではないらしいことを知る。
思わず溜め息をつくと、塚原が必死に弁解を始めた。
「や、女の子は大好きなんですけど、津山さんが津山さんだから好きなんであって、男が好きなわけじゃなく・・・そ、それに津山さんに対しても別にやましい気持ちが…ないわけじゃないですけど、そういうことじゃなくてっ」
「・・・・・・」
「あ、でも冗談とかじゃないですから!俺は本気で津山さんが好きですっ!」
・・・熱弁どうも。途中から何言ってんのか分かんなくなってんだろうな、こいつ。
「塚原・・・」
「は、はい!」
「とりあえず場所と状況を考えろ」
かしこまった塚原は俺の言葉に間の抜けた顔をして、それから気が付いたようにゆっくりと周囲に目をやる。
そこには興味深々で見てる他の客たち。
塚原と目が合う前に慌ててそらしているが、意識がこっちを向いてるのはバレバレだ。
思わず溜め息。最近、溜め息の数が増えてるのは気のせいじゃないだろう。
溜め息つくと幸せが逃げるとか聞いたことがあるが、そうなると俺の幸せはどれだけ残ってるのだろうか。
「えーと・・・」
「・・・とりあえず出るぞ。金はお前が払え」
いつまでもこの視線にさらされるのには耐えられない。
好奇の目から逃げるように、伝票を塚原に押し付けて席を立つ。
カキフライ定食で許してやる俺は、かなり寛大だと思いながら。





「津山さーん、待ってくださいよ」
先に店を出た津山さんを慌てて追い掛けると、少し先の角で待っていてくれた。
ホッと息をついて急いで駆け寄れば、盛大な溜め息で迎えられる。
「ったく、お前のせいでしばらくこの店行けなくなったじゃねぇか」
「す、すみません」
「まあ、うちの会社の人がいなかったからまだ良いけどさ」
「すみません・・・」
ブツブツ文句を言いながら歩きはじめる津山さんの後を追って、ひたすらに謝るしかない。
何故こうも自分は馬鹿なのだろう。
あれほど言いたくて言えなかった言葉、それをどうしてこのタイミングで言ってしまうんだか。
いくら気持ちが高まってきてるとはいえ、つい先日失敗したばかりだというのに。
ちらりと津山さんを覗きみれば、まだブツブツと何か言っている。
しかしよく聞いてみると、その中に告白に関しての文句がないことに気付く。
「あのー・・・津山さん、驚かないんですか?」
「何が?」
「その、俺が津山さんのこと好きってこと・・・」
「驚かないわけないだろ?前に聞いたときはかなり動揺した」
「ですよねぇ・・・」
今まで何度も思ったことだ。男から告白されたところで嫌がられるのがオチだと。
だから言えなかった。今の関係を壊すくらいなら言わない方が良いと思ったから。
・・・とはいえ、この何日かで自分の意思の弱さを実感したけれど。
とほほとばかりに肩を落として、それから気が付く。
今、津山さんは、何と言った?
「あの・・・前って?」
「お前の記憶のない夜」
さらりと言われて、驚きを通り越して泣きたくなる。
告白したならしたでちゃんと覚えといてほしい。
っていうか、一度失敗した同じ日にまた告白するとは。我ながら何考えてんだか分からない。
どこまでも情けない自分自身に、頭を抱える。
「だから避けてたんですか?」
「避けてたつもりはないんだけど・・・まあ結果的にそうなってたか。さすがに驚いてまともに顔見られなかったんだよ」
悪いな、と謝られて思いっきり首を振る。
驚かないことの方が無理な話だ。ただでさえ津山さんは、俺の告白を勘違いしたという実績があるのだから。
「それで、その・・・軽蔑しました?」
「バーカ。嫌ならとっくに見放してるよ」
恐る恐る訊いてみれば、ポンと軽く肩を叩かれる。
少し呆れた様子を見せながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。
「津山さん・・・」
「お前が嫌な奴じゃないのも分かってるし、冗談やからかいで物言う奴じゃないのも知ってるからな。それにまあ、人に好かれて嫌な気はしねぇよ」

後輩、もしくは飲み仲間。
しかも男から告白されて、受け入れてもらえるなんて思ってもいなかった。
だけど、目の前にいる津山さんは、全然否定なんてしないでくれて、さらに俺の大好きな笑顔を向けてくれる。
ああもう、だから津山さん大好きです!

「じゃあ、改めて俺と付き合ってください!」
「調子のんな。それとこれとは話が別」
「えー、いいじゃないですか!俺のことは嫌いじゃないんでしょう?」
「でも好きとも言ってないだろうが」
「俺は好きです!」
「知るか。それはお前の勝手だろ」
スタスタと先に行ってしまう津山さんを追いながら、素直に好きと言える喜びをかみ締める。
頬の筋肉がかなり緩まっているのを自分でも感じるが、津山さんは俺以上に気になるのだろう。
べしっと鼻を叩いて、軽く睨まれる。
「締まりない顔すんな。それと、人前でそんなこと言うなよ」
「すみません。あ、じゃあ人前でなければ付き合ってくれますか?」
「だからそういうことじゃなくてっ!・・・まあ、お前に言っても無駄か」
今日何度目か分からない溜め息をつくと、そのまま黙ってしまう。
今度こそ嫌われてしまったのだろうか。
浮かれていた気持ちが一気に沈み、血の気が引いていくのを感じる。
「津山さ・・・」
「塚原」
「は、はいっ!」
「また飲みくらいには付き合ってやるよ。じゃあな」
いつの間にかついていた駅で、そう言うとさっさと改札を通っていってしまう。
現実はそんなに甘くない。
でも、そんなに悪いものでもないらしい。
後姿が見えなくなるまで呆然と見送って、それから慌てて自分も歩き出す。

とりあえず津山さんに迷惑がかからないように、しばらくは今までどおり過ごそうと心に決めた。
・・・あまり守れる自信はないんだけどね。








END






05.11.26


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