現実はそんなに甘くない?(3)





人の心を掻き乱しておいて、当の本人には記憶がないらしい。
まあ、あれは酔ってたからと考えれば一番納得がいくのだが、何故かモヤモヤした気持ちだけが残る。
「大体あいつがあんな顔するから・・・」
誰に言うわけでもない呟きは、煙草の煙と一緒に消えていった。






「おい、塚原。大丈夫か?」
「問題ないっすよ〜」
応える塚原に、どこが問題ないんだと溜め息をつく。
気が付いたときには、塚原はすでに出来上がっていた。
いつもより飲むペースが速いとは思っていたが、まさかこんなになるとは。
ヘラヘラと笑いながら、人に寄りかかってくる。
「はっはー、懐かれたな津山」
「笑い事じゃないっすよ」
ちらりと横に視線を送れば、楽しそうに笑っている。
「ほら塚原。とりあえずコレ飲め」
「いただきま〜す」
渡した水を素直に飲み、少しすっきりした表情でようやく離れる。
やれやれとトイレに立ち、戻ってきたときには再びアルコールを摂取していた。
「って、塚原・・・」
「あー、大丈夫大丈夫。俺が飲ましたの」
「どこが大丈夫なんですか・・・」
社内でも有名なザルの田中さんはイタズラ小僧のような顔で笑うが、これ以上酔わせてどうすると言うのだろうか。
明日も仕事はある。
塚原だってその辺は分かっているのだろうが・・・今日は様子がおかしかったし、田中さんに飲まされてるし。
そろそろ止めておかないとヤバいかもしれない。
「ホントお前は面倒見良いよなー」
「性分ですよ。とりあえず悪いんですけど、こいつ連れて先帰ります。田中さんたちもほどほどに・・・って、無用な心配でしたね」
笑顔で見送られ、どこか夢見心地の塚原を引きずって店を後にする。
「塚原、ちゃんと歩け」
「あー、津山さーん♪」
身長差が20cmはある男を担ぐことなんてできず、とにかく歩いてもらわなきゃなのだが、当の塚原は何が楽しいのか人の名前を連呼してヘラヘラ笑っている。
どうにかタクシーを捕まえて、何とか住所も言わせることに成功する。
「ほら、ついたぞ。鍵は?」
ついた部屋の前、タクシーに揺られて睡魔に襲われているらしい塚原に訊けば、もそもそと財布を取り出す。
「ここに・・・あ、タクシー代も取ってってください」
その言葉に少しは正気になったのかと思いながら、ひとまず部屋に上がり込む。
男独り暮らしの、あまり綺麗とは言えない小さな部屋。
とりあえずその辺にあった服を投げ、着替えさせてからベッドに寝かせる。
「ったく、泣けてくるほど俺って面倒見が良いよな」
塚原が、初めて俺が研修を担当した後輩というのもあるかもしれないけれど。
どこかマヌケで、でも憎めない後輩。
人懐こい笑顔を振り撒くこの男を、結構気に入っているのだから、どうしようもない。
「ホント世話が焼けるよな」
しばらく様子を見てると、そのまま眠りにつきそうな勢いだ。
タクシーに乗ってる時点で半分夢の中だったのだから無理はない。
「塚原、俺帰るからなー。鍵はポストに入れとくから」
この状態で言っても届かないか。
そう思って同じ内容をメモ書きする。
「津山さん?」
「起きたか?俺帰るけど、明日寝坊すんなよ」
寝惚けた声に振り返れば、どこか縋るような目とぶつかる。
「・・・帰っちゃうんですか?」
しゅんと捨てられた子犬のような顔をするのに、思わず笑ってしまう。
図体はでかいくせに子どもみたいなことを言うのだから、おかしくて仕方ない。
「明日も仕事だしな。お前も早く寝ろ」
「はい。・・・好きです」

・・・・・・・・・は?
布団をかけ直そうと伸ばした手をそのままに、聞き間違えかと塚原を見る。
だが今度は伸ばした手を掴まれて、はっきりと告げられた。

「俺、津山さんのこと、すっごい好きです」

しかも、今まで見たこともない優しい笑顔付きで・・・




その場は逃げるように帰って、次の日どんな顔で会えば良いのか一人でドキドキして。
塚原の表情に嘘はなく、でも言葉の意味をそのまま受けとることも出来ずに考え込んで。
その結果、今日は寝不足で辛いというのに、その原因はいつもと変わらない。
「それどころか、本人が覚えてないわけね・・・」
ホッとする気持ちと、何だか悔しいような気持ち。
散々悩んだだけに、拍子抜けしたというか何というか。
「って、何で俺があいつなんかのために悩まなきゃならねぇんだよ」
誰も聞いていないのに、思わず一人ツッコミ。
塚原の言動がおかしいのはいつものことで、昨日はその上かなり酔っ払った状態だ。
だから全く気にならないわけではないが、あのいきなりの告白は聞かなかったことにして忘れてやる。
それが塚原にとっても俺にとっても最良のことだと思うし、現に流すことはできる。
ただ一つ。
あの時見せた表情だけが、何故か離れてくれない。
それがまた調子を狂わせる。あんな塚原は知らない。
「あー、ちくしょう。だから早く忘れろよ、俺」

・・・とりあえず気持ちを落ち着かせるべく、二本目の煙草に火をつけた。








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05.11.13


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