現実はそんなに甘くない?(2)





「俺、津山さんのこと、すっごく好きです」




「―――・・・・・・あれ?」
目を開けると、見慣れた天井。
つまりは、ここは俺の部屋なのだが・・・いつ帰ってきたっけ?
酒飲んで記憶が飛んだ経験はあまりないが、昨夜の記憶はあやふやだ。
「確か津山さんたちと飲んでー・・・かなり酔っぱらったんだよな」
思いがけず舞い込んできたチャンスに勢いあまって告白すれば、誤解されるという結果で終わった。
何だか悲しくなって、でも嫌われなくて良かったとか色々思いながら飲んでたら、いつもよりペースが早くなって。
津山さんが心配そうに水を渡してくれて・・・その後の記憶がない。
だけど、妙にはっきり覚えているのが・・・津山さんに好きと告げたこと。
夢か現実かは定かではないし、津山さんがどう応えてくれたのかも分からないけれど。
「あー・・・変なことしてなきゃ良いけどなぁ」
ふと気になって布団の中身を見てみる。
服は着替えてるということは自力で帰ってきたのだろうか。
それすらも曖昧で不安になるが、何より怖いのが津山の反応。
今日、突然冷たい目で見られたら・・・立ち直れないかもしれない。
「頼むぞ、昨日の俺!」
何事もしていないことを祈りながら、とりあえず出かける用意にかかった。






「おはようございまーす」
「おーす、塚原。調子はどうだ?」
「全然問題ないです。田中さんにもご迷惑おかけして申し訳ないです」
会社について早々に声をかけられ、苦笑混じりに礼をする。
昨日の飲みでは田中さんにも迷惑をかけた・・・と思われる。記憶にはないが。
「ああ、いいって気にすんな。それより津山には謝っとけよ」
「えっ・・・俺、何かやっちゃいました?」
突然出てきた津山さんの名前にギクリとする。
やはり何かやらかしてしまったのだろうか・・・
緊張して次の言葉を待っていると、田中さんは違う違うと手をヒラヒラさせる。
「酔い潰れたお前を運んでくれたのよ。あいつ、体ちっこいわりに面倒見良いよなー」
そう豪快に笑う田中さんにつられて笑いながら、思い出すのは頭に残っていた自分の言葉。
送ってもらった、ということは多分二人きりで・・・まさかその時に告ったのか!?
や、でも夢っていう可能性も捨てきれない。うん、きっと、たぶん!
「えーと、津山さんは今どちらに?」
「さっき来たから、上じゃね?」
動揺をどうにか隠し、とにかく事実を本人に訊こうと津山さんの所在を確認する。

田中さんに教えられたとおり喫煙所のある屋上に向かえば、そこにはダルそうに煙草を吸っている姿があった。
「お、おはようございます」
「うーっす。お前も始業前の一服?」
「あ、はい。あと昨日ご迷惑をかけたみたいなんで、お詫びに・・・」
「あー、アレね。お前そんな強くないくせに飲み過ぎなんだよ。まあ吐かなかっただけマシだけどさ」
そう毒つく津山さんはいつもと変わらない様子で。
変なことはしなかったんだなと、気付かれないようにホッと息をつく。
「すみません、ホント迷惑かけちゃって。タクシー代払います」
「ああ、それはもうもらった」
「えっ、いつですか?」
「昨日。自分で財布出してきただろうが。だから遠慮なくタクシー代半分抜いたぜ。って、何お前覚えてないの?」
「はぁ・・・」
情けない返事をすれば、呆れ顔で返される。
「まあ、そうだよな。かなり酔ってたし・・・」
そう言う津山さんが、少し困ったような顔をしたのは気のせいだろうか。
すぐに横を向いてしまったから確認はできなかったけれど。
「ま、これに懲りて飲み過ぎないようにするんだな。昨日は、まあ仕方ないにしろ」
「へ?」
「飲むの付き合えっつーくらいだから、何かむしゃくしゃすることでもあったんだろ?」
いや、それは違う意味で言ったわけで、さらに誤解されたことで飲み過ぎたんですが。
・・・とは、さすがに言えず、苦笑いでごまかしておく。
それをどういう意味で取ったのかは分からないが、津山さんもそれ以上は何も聞いてこなかった。
「さて、じゃあ今日も元気にお仕事しますかー」
「あ、津山さん!」
灰皿に煙草を捨てて大きく伸びをする津山に、慌てて声をかける。
怖いけれど、これだけは確認しておかないと気になって仕方ない。
「俺、昨日何か変なこと言ったりしました?」
恐る恐る訊けば、少しの間を置いて津山が応える。
「んー、お前の言動が変なのはいつものことだし。ま、昨日のことは忘れといてやるよ」

記憶がないというのはホントに恐ろしい。
先行くぞーと爽やかに去っていく彼の言葉を、どういう意味で取れば良いのか分からないのだから。
「つ、津山さーん・・・」
俺、結局何かしたんですか?さっきの間は、何ですか!?
情けなく呼び掛けても、もはや愛しいその姿も見えず。
近付く始業時間に、何ともすっきりしない気持ちのまま、ひとまず屋上を後にした。







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05.11.09


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