現実はそんなに甘くない?(1)





はじめは、ただ同じ会社の先輩。
新人研修のときに世話をしてくれた、ただそれだけの人。
それが次第に、姿を見られると何となく嬉しくなって。
気が付けば、いつでも探していた。
声が聞こえると、何故かドキドキして。
笑顔が見られると、思わず自分も笑顔になった。

そしてそれは、同じ部署に配属され、距離が近くなればなるほど、自分の中で大きくなっていった。





───とは言え。
「・・・やーっぱ言えないよなぁ・・・」

貴方が好きです。

ただ、それだけのコト。たったの2文字で伝わる気持ち。
それでも、現実はそんなに甘くない。
後輩、または、飲み仲間。
そんなヤツ───しかも男に突然告白されようものなら・・・
「・・・俺だったら、嫌だもんなぁ」
そりゃ可愛い女の子、もしくは津山さんからなら、大歓迎ですけど。
生憎と、俺は可愛くもなけりゃ女の子でもないし。
付き合ってる人はいないって言ってたよな・・・
あ、でもよく合コンがどうとか話してるから、やっぱり女の子が好きなんだろう。
そうなると断られるどころか、今までの関係すら壊れてしまう可能性は極めて高いわけで。
せっかく飲みに誘ってもらえるほど仲良くなってきたのに、ここで気まずくなってしまうのは、どうあっても避けたい。
だけど、そろそろ隠すことも難しくなってくるほど膨らんだ想い。
「どーしよっかなぁ・・・」
消化しきれない想いは、吐き出した紫煙のように簡単に消えてはくれない。
「何が、どうしようって?」
突然、背後からかけられた声に、危うく銜えた煙草を落としそうになる。
「なっ、あ、いっ!?」
「・・・何語しゃべってんだ?」
「あ・・・つ、津山さん・・・?」
はぁ、と深く息を吐いて気持ちを落ち着かせていると、津山は怪訝そうな顔で見てくる。
残業も終えて、帰る前の一服。
まさか想い人がいきなり目の前に現れると思っていなかっただけに、驚きは簡単に消えてくれない。
「・・・で?」
「はい?」
「何を、どうしようって?」
「あ、いや、その・・・」
訊かれても、簡単に答えられるモノでもない。
どうしたものかと目を泳がせ、それから、ふと気付く。
社内とは言え、今は周りに誰かいる気配はない。
目の前には、珍しくもこちらの話を聞く体勢でいてくれる、愛しい人。
───・・・チャンスでは、ないだろうか。


「津山さんっ!」

かなり強引な考えではあるけれど、そう悟った瞬間、塚原は動いた。
叫んだ勢いのまま津山の肩を両手で掴み、何が起こったのかと呆然とする津山に向かって、一世一代の告白をする。

「俺と、付き合って下さいっ!」

・・・・・・。
・・・・・・・・・沈黙。
やっぱり言わなきゃ良かったと後悔しても、後の祭り。
そもそもいきなり付き合ってくださいってどうよ、俺?
まずは好きですって告白して、それからだろっ!?
や、でも言っちゃったものはもうどうしようもないわけで・・・っていうか、沈黙が痛い!!
流れる空気に耐え難くも動けない塚原の代わりに沈黙を打ち破ったのは、津山の吹き出す声だった。
「なにマジになってんだ、お前」
「え・・・」
ついに声を上げて笑い出す津山に、何が何だか分からずオロオロするしかできない。
「おら、行くぞ。田中さんとか、みんな待ってるから」
そのまま背を向けて歩き出す津山に、慌てて塚原も後を追う。
「あのー・・・津山さん?」
「何だよ」
「どこ行くんスか?」
「あぁ?お前が言ったんだろ。付き合ってくれって」
返事は・・・なんて聞けずに、とりあえず行き先だけでも恐る恐る訊ねてみれば、歩く速度は変えずに顔だけ少し塚原の方へ向けて答える。
津山の言葉は事実なので素直に頷けば、ほらな、とまた前を向いてスタスタと歩き続ける。
「だから、付き合ってやろうってんじゃん。お前一人増えたところで、文句言うような人はいないしな」
「・・・いつもの、飲み会・・・ッスか?」
ポツリと呟き、ようやく自分の気持ちが正確に伝わってないことに気付く。
ショックを隠しきれず、その場で固まる塚原に、津山は首を傾げながら振り向く。
「他に何かあったか?あ、夕飯だったら、そこでも食い物でるから大丈夫だぞ?」
合コンじゃねぇから、女はいないけどな。
そう一言付け加えて、津山は少しつまらなさそうに笑う。
対して塚原も、力無く笑いを浮かべるしかできない。



後輩、または、飲み仲間。
そんなヤツ───しかも男に突然告白されようものなら・・・

・・・別の意味に、取られるだけ・・・ってワケっすね。ハハ・・・

ガックリと項垂れつつも、折角舞い込んできた一緒に過ごす時間を満喫すべく、トボトボと津山の後を追う塚原であった。







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05.11.05


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