近くて遠い距離  (9)





電話が繋がらない。メールも届かない。
当然、会う事だって叶わない。
これほどまでに苛々した日々を過ごしたのは、初めてではないだろうか。




「宮崎ですか?や、ここしばらく見てないッスね」
サークル室でさりげなさを装って訊いてみても、期待している応えは全く返ってこなかった。
「そういや最近見ないよね」
「宮崎くんももう来ないのかな?つまんないねー」
そういや、意外と女子に人気があったな。
口々に噂しているのをぼんやりと聞きながら、思う。
元々、メンバー全員を把握できないほどの出入りの激しいサークルだし、泰成自身も積極的に人と関わろうという性格ではない。
泰成が顔を出さなければ、誰も連絡など取ってはいないだろう。
そもそも泰成がこのサークルに入ったきっかけは何だったか思い返してみる。
確か、何となくとか言っていたな。オリエンテーリングで一緒になったヤツに誘われるがままとか何とか・・・
「森田。お前、宮崎と仲良かったんじゃなかったか?」
「え?俺ッスか?いや、別に仲良いってほどじゃないッスけど」
「でも一緒にうち入ってきたんだろ?」
「あー、そうそう。同じ学科だったんで、流れで何となく。でも授業もほとんど違うし、今じゃサークルで会ったときにちょっと話すくらいッスね」
それじゃあ、全く使えない。
舌打ちしたいのをどうにか抑えて、話を打ち切った。
結局分かったのは、泰成と連絡が取れそうなヤツは誰もいないということだけだ。
家を知っているヤツも一人もいない。
俺だって、大体しか知らないのだから無理はないかもしれないけれど。
最寄り駅だって分からない。分かるのは、路線と、近くにでかい駅があること、アパートは最寄り駅から歩いて距離があることくらい。
それだけで探し出そうとしても、範囲が広すぎて難しいだろう。
こんなことなら、もっと詳しく色々なことを聞いておけば良かったと、今になって悔やまれる。
いつもいつも、だらだらと実のない話をして・・・それが楽しかったのだから、今更何を言っても仕方ないけれど。
何であんなに余裕ぶっていたのか、過去に戻れるなら自分自身を思い切りぶん殴ってやりたいくらいだ。
最後に会ったとき、泰成は何があったのかと訊いた俺に、「自分の胸に訊いてみろ」と言った。
せめて、突然の態度の理由だけでも知りたいと必死で思い返してみたが、あそこまで激昂する理由は思いつかない。
強いてあげるなら、無理やり身体を繋げたこと?
―――・・・でも、直後も、その後の電話やメールでも変わった様子はなかった。
後になって嫌悪が生まれたのか?1週間近く経ってから、急に?
違う。理由は他にある。でも、それは何だ?
考えてみても、答えは出ない。会いたくても、せめて話だけでもしたくても、探す当てもない。
思いはただ、堂々巡りだ。

もうすぐ夏休みが終わる。
そうすれば、ここの学生である泰成だって大学に出てくるしかない。
夏休みが終わるのを心待ちにしたのなんて、生まれて初めてだ。
毎日のようにかけ続けていた電話は、一度も繋がることもなく、しまいには完全に断ち切られた。
「お掛けになった電話は現在使用されておりません」という機械的な音声に、思わず自分の携帯をぶん投げたくなったが、寸でのところで思いとどまる。
もしかしたら泰成から連絡が来るかもしれないという淡い期待が、この携帯には残されている。
煙草の量は恐ろしいくらい増えている。
だが、こうして無駄に煙を吐き出していても、気持ちは落ち着くどころか苛立ちと焦りが増すばかりだ。





大学が始まってからは、自分の講義がないときだろうが何だろうが、毎日足を運んだ。
だが、1年を通して同じ講義のものならともかく、前期と後期で全く違う講義などをとっている場合、教室も違ってくる。
今まで泰成を捕まえることができた教室は、後期になってからは違う講義になっているらしく、見つけることはできなかった。
経済1年の必修講義を後輩から聞きだしはしたが、学生数が半端でないため複数に分かれている。そのうちのどれを泰成が受けているのかなんて、分からない。
何個目かの講義が終わるのを待っていると、教室から出てくる学生の中から見知った顔を見つけた。
泰成と親しげにしていた男。名前は確か、川畑だったか。
思い出した瞬間に、一人歩いていくのを、追いかける。
「・・・ああ、ビックリした。いきなり掴まないでくださいよ」
「あんた、泰成の友人だったよな?泰成は?来てないのか?」
「泰成?・・・ああ、宮崎か。来てないですよ」
「そうか。・・・連絡は取れるか?」
「俺が宮崎と連絡を取っていようがいまいが、あなたに何か関係がありますか?」
冷たい視線。直感的に、こいつは泰成の居所を知っていると思う。
もしかしたら事情も知っているのだろうか?いや、泰成はそこまでは話さないだろう。
今までの俺の良くない素行と噂、そしてきっと泰成の様子からこいつは何かを感じ取っているだけだと思う。
「俺が泰成と連絡を取りたいんだ。知っているなら、教えてくれ。泰成は今どこにいる?」
「そんなの、宮崎に聞いてくださいよ」
それができたら、お前になんか訊いている間にそうしている。
怒鳴りたくなるのを必死で抑えていると、追い討ちをかけるように川畑が続ける。
「宮崎が教えたくないって言うのを、俺が教えるのはおかしいでしょう」
「それは、そうだけど・・・」
「宮崎とあなたの間に何があったのかは知らないし、知りたいとも思わない。でも、宮崎が自分の意思で先輩から離れたんなら、俺はそれを尊重します。あなたには悪いですけど、俺は全面的に宮崎の味方ですし。俺、前に言いましたよね?遊びで近づくなら止めてくれって」
俺の言葉を遮って、川畑は強い語調で一気に言い切る。
ここで俺は本気だと言葉に出して伝えられたら、泰成へ続く道が開かれるだろうか。
一瞬そんな思いがよぎったが、結局は何も言い返すことはできなかった。
それは、俺のちょっとしたプライドと、泰成と親しげにしていたこの男への嫉妬心からかもしれない。
何も言わない俺に、目の前の男はこれ見よがしなため息をついた。
「とにかく。俺は、宮崎の連絡先は一切知らないですよ。いつから授業に出てくるかも分からない。前期は真面目にやってたから、出席日数はまだまだ大丈夫だろうし、俺も代返できるのはしようと思ってますから」
言うだけ言って、川畑はさっさと立ち去ってしまう。
最後の望みも絶たれた俺は、打ちのめされたようにその場に立ち尽くすしかなかった。







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08.06.28





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