近くて遠い距離 (8) |
少しでも嫌がる素振りを見せたら、止めよう。 残量ゼロに近い理性をフル稼働させて決意し、仕掛けた行為だが、意外なことな泰成はそんな素振りを見せることはなかった。 初めてだろう感覚に時折辛そうな表情を浮かべたが、それでも拒むことなく必死にしがみついてくる。 目を硬く閉じて、声は必死に堪えて。それでも声にならない声を上げて、何かを振り払うように頭を振る。 「―――・・・泰成。俺のこと、好き?」 囁くように訊けば、堪えきれなくなった涙を零しながら、何度も頷く。 言葉なんて、もう届いてないかもしれない。 ただ与えられる熱に、浮かされているだけかもしれない。 それでも、肯定してくれたことだけで、気持ちが満たされていく。 ヤバイ、今の俺、すっげーしまりのない顔してるかも。 「俺も・・・―――」 好き、という言葉は、急に恥ずかしくなって続かなかった。 どうせなら、泰成の意識がハッキリしている時にきちんと伝えたい。 言葉の代わりに気持ちを伝えるようにもう一度唇を重ねて、それから最後までは止めることなく行為に没頭した。 果てた後、気を失うように眠りについた泰成が目覚めたのは、小一時間たってからだった。 腕の中でぼんやりと目を開けた泰成は、少しの間を置いて一気に顔を真っ赤に染めた。 瞬間的に視線を逸らし、そのまま布団に潜り込もうとするのをやんわりと制止する。 「泰成?悪い、無理させた。大丈夫か?」 「うん・・・」 実を言えば、泰成が後悔しているんじゃないかと内心怯えていた。 口数はいつも以上に少ないけれど、嫌悪の様子もない。 今の態度も、羞恥という言葉が一番しっくりくる。 「喉かわいてるだろ?水、そこに置いてあるから。あ、腹は空いてないか?」 ようやっと布団から出てきてくれた泰成は、しばらく呆然とした様子で成すがままだったが、ふいにくすりと微笑みを浮かべた。 俺はといえば何とも言えない幸せを噛みしめながら、まだ少し辛そうな泰成の世話を甲斐甲斐しく焼いたのだった。 「お前はそんなに分かりやすい性格だったか?」 数日後、恭平の部屋に顔を出すと、妙に呆れた声が降ってきた。 「何があったか詳しいことなんざ聞く気もないが、とりあえず進展したなら後始末もきちんとしとけよ」 恭平の言い方は相変わらず腹立たしいし、何で報告する前に全て分かってるような態度なんだよと突っかかりたいところだが、言ってることはもっともだ。 「助言、痛み入ります」 「分かってれば良いけど。善は急げって言葉、知ってるか?」 まだこの部屋に来てから10分も経ってないんですけど。 言っても無駄な相手であることは分かっているので、携帯を取り出してとりあえず捕まりそうな連中に連絡を入れる。 恭平の言われるがままなのが少し悔しいが、しばらくの俺の最優先事項は、今までの遊び相手たちに、本命ができたことを告げていくことになった。 大抵は俺に本命と言うだけで笑い、あっさりと納得してくれた。 最後にご飯くらい付き合ってよと言われることもあったが、それには学食だけですませることにする。 遊びに行こうと言う相手は丁重にお断り。 全員が全員、深い関係にあったわけではないが、一人一人しらみ潰しにあたっていくとかなりの人数だ。 自分のことながら、よくもまあ適当に遊んだもんだと呆れてしまう。 ようやく半数を越えたところで、かなりぐったりしてきた。 複数の女の子と会って話してご飯一緒にしてなんて、やっていることは以前と同じようなものなのに、疲労感はかなりのものだ。 一人一人説明してきちんと了承をとるというのが疲れるというのもあるけれど、やっぱりどうでも良い相手との会話だということが一番の原因だろうか。 泰成とは、あれ以来メールや電話はしているものの会ってはいない。 予定があわないのもあるが、きちんと整理してからにしようと思った部分もある。 前に恭平が言ってたように、先手で片付けておけば良かった。 まあ何をぼやいたところで、全て自業自得なのは分かっているのだけど。 ここらでエネルギー補給しないと、この先乗り越えられるかどうか・・・―――? 「泰成!」 少し離れたところに歩く姿を見つけて、思わず駆け寄る。 意図的に作ったものでない偶然に、自然と頬が緩むが、止めようもないので気にしないことにする。 「今から帰るとこか?」 「・・・ええ、まあ」 「そっか。俺はもう少し用があるんだけど・・・」 「そうですか。じゃあ僕はこれで」 この後、一人会う約束があるが、向こうも用事があると行っていたので大して時間はかからないだろう。 そんなことを思いながら若干浮かれて話しているうちに、泰成の様子がおかしいことに気付く。 「泰成?」 普段から口数は少ないが、今日のは明らかに会話をする気がない。よく見ると、顔色もどこか悪い。 話も半分に、早々と立ち去ろうとするのを、慌てて手を伸ばして制する。 「何かあったのか?」 「別に」 「じゃあ何怒ってんだよ」 「・・・あなたには関係ないことです。離してください」 「それが関係ないって態度かよ?」 泰成の態度の理由が分からなくて、焦燥感が高まる。 原因なんて全く分からないけれど、無表情を装っているわりにどこか悲しそうな泰成を今放っておいてはいけないと思う。 「泰成?何があったんだ?」 「・・・さい」 「え?」 「・・・自分の胸に聞いてみてください。そして、二度と僕の前に現れないで!」 放たれた言葉の意味を理解するまでに、数秒かかった。 その隙に泰成は俺の脇を通り抜け、すごいスピードで走り去る。 「ちょっ、待て、泰成!」 ようやく我に返ったときには、泰成の姿は遥か遠くにあった。 慌てて後を追うが、最初のタイムロスが響き、角を曲がったところで見失う。 携帯は電源が切られていた。 メールを入れてみても、当然返事はない。見てもいない可能性の方が高いか。 「くそっ、何なんだよ!」 毒づいてみても、事態は何も進展しないし、何よりワケが分からない。 とにかく、まずは泰成を見つけないと。 当てなど全くなかったが、とにかく探し出すために再び走り出した。 >> NEXT 08.06.22 |