近くて遠い距離  (7)





結局、一念発起した翌日は何も言い出せないまま、ぶらぶらと買い物して終了。
必死で余裕ぶっているけど、実際は余裕なんて微塵もない。
せっかく近くにいるのに、変なことばっかり考えていると言うのもいかがなものかと思うが、まあ好きな人相手にしたら普通そうだろう。
開き直りに近いが、そう思うことにする。
「先輩?」
ああ、もうだからそんな上目遣いで覗き込んでくるなって。
思わず目をそらせば、目の前の宮崎は眉根を寄せる。
「具合悪いなら、無理しないでくださいね?」
「や、今日はどうしようかなって考えてただけだから。宮崎は何したい?」
「別に何でも。任せます」
「お前はいつもそう言うよなー」
今まで出かけた中で、宮崎からどこそこに行きたいという言葉は一度も出てきたことはない。
まあ俺が無理やり付き合わせてるわけだから、仕方がないのだろうけど。ちょっと寂しいわけで。
今日みたいに何だかんだと約束を取り付けて、外で会うのはもう何度目か。
多少強引なのは否めないが、こうして付き合ってくれるということは、嫌われていないと言うことだろう。
・・・それは都合が良すぎる自惚れだろうか?

「じゃあ今日は俺の部屋くるか?」
「え?」
「ここからなら結構近いし。嫌か?」
「・・・別に、構わないですよ」
「んじゃ決まりな。行こうぜ」
少しの間を置いて、それでも頷いてくれた宮崎に、心の中でガッツポーズ。
ちょっと前に、恭平から「気持ち悪い」って言われたけれど、確かにその通りかもしれない。
自然な風を装っているけれど、心の中ではどうしようもないほど浮かれまくっているのだから。



「あんま広い部屋じゃないけど、まあ学生の一人暮らしだからな。どーぞ」
「・・・お邪魔します」
部屋のドアを開けて、ためらいがちな宮崎を咲に部屋に押し込む。
狭い玄関先だからすぐに靴を脱いで上がったけれど、そこから先は所在無さげに視線をさまよわせている。
・・・・・・これは遠慮してるのか、緊張しているのか、どっちとも取れるなぁ。
「何か面白いもんでもあった?」
「いえ、意外と片付いているんだなって・・・あ、すみません」
素直な感想を口にしてから、さすがに言葉が悪いと思ったのか気まずそうにしている姿が可愛くて思わず笑ってしまう。
「いつもはもう少し汚いけどな。この間、珍しくも片付けたんだよ」
まさか、宮崎を呼ぶためだけに片付けをした、なんて口が裂けても言えないけれど。
「彼女にでもやってもらったんですか?」
「バーカ。そんな相手いねぇよ。第一この部屋に入れたのは、お前で三人目だもん」
「・・・そうですか」
「気になる?」
「いえ、別に」
「お前ならそう言うと思ったよ。あ、そこら辺適当に座って」
ちょっとくらいは気にして欲しいって思ったんだけど、さすがにそれは無理な注文らしい。
言われるがままに、それでもどこか遠慮がちに腰を下ろす宮崎を横目で確認してから、コーヒーを用意するためにキッチンに立つ。
そういや客用のコップなんてなかったな・・・この間、拓弥が使ったやつで良いか。
恭平用ので出すよりマシだろう。
こういう細かいとこも用意しとくべきだったと後悔しながら、妙に静かな宮崎の方を見ると、不思議そうな顔で本棚を眺めていた。
視線の先は・・・なるほど、それは確かに不思議に思うかもしれないな。
「何か面白いもんでもあった?」
コーヒーを差し出して訊けば、少し気まずそうな顔を向けてくる。
「いえ、真面目な本も読むんだなと」
「何か失礼だな。まあ一応目的あるからね、俺は」
「へぇ・・・」
「目標があると燃える性格なわけよ。それがどんなに難しくても、俺は手に入れてみせる」
バカにされるか興味なさそうな顔をされるかと思ったが、宮崎は妙に納得したような顔を見せた。
「何か、良いですね」
「何が?」
「目標とか、そういうの。上手く言えないんですけど、何か良いなって」
実のところ、目標はあくまで目標であって、まだそんなに真剣に考えているわけでもないのだけれど。
興味はあるし、いつかは真剣に関わりたいとは思うけれど、まだその気持ちを自分の中で消化できていない状態だ。
だから、まだ誰にも話していない。今だって、ちょっと格好つけただけだったんだけど。
嬉しいとか、恥ずかしいとか。色んな気持ちが一気に込み上げてくる。
宮崎はそんな俺の様子に気付くこともなく、少しだけ微笑みを浮かべながら、改めてと言う風に本棚へと視線を向けている。
しばらくは本の題名を目で追っていたようなのに、ふいに視線を落として何かを考えているように俯いた。
それは、さっきの微笑みとは対照的に、今度は少し寂しそうな顔。
―――・・・・・・ああ、もう・・・ホントどうしようもない。

「・・・逃げないの?」
「え?」
「期待するよ?」
吸い寄せられるように宮崎に顔を寄せれば、驚いた目を向けられる。
突然の展開についてこれていないのかもしれない。逃げる素振りも見せず、ただ呆然とした様子で、瞬きもせずに見つめ返してくる。
「さっき言っただろ、俺はどんなに難しくても、欲しいと思ったら手に入れるって」
こんなに焦るつもりも、なかったのだけれど。
「でも、だからと言ってお前を苦しめたいわけじゃない。だから1つだけ質問。ハッキリさせたいから」
・・・ホントは、答えを聞くのも怖くて仕方がないんだけれど。

「俺のこと、好き?」

十分に丸くしていた目を、宮崎がさらに見開く。
言葉の意味がきちんと伝わっていないのかもしれない。
俺だって、今ここまで言うつもりは全くなかった。
心臓が耳に移動したんじゃないかって言うくらいバクバク音を立てて、煩くて仕方がない。
宮崎が口を開くまでの決して長くない時間が、ものすごく長く感じる。

「・・・分からない」

震える唇から、ようやく聞こえるくらいの声が漏れてきた。
それは望んでいた答えではなかったけれど、恐れていた拒絶の言葉でもない。
混乱しているのか、表情は驚きから困惑に変わり、無意識だろうが目も潤んできている。
何だかすごく苛めているような気分になってくる。
「冗談だよ」っていつもみたいに軽いノリで言ってやれば、宮崎を不安定な状態から開放してやれるだろうか。
それでまた、今までどおり付き合ってもらって?日を改めて、今度は好きだときちんと告白でもするのか?それとも、また同じ質問を繰り返すのか?
・・・・・・そんなもん。今を逃したら、できるわけがない。
ただでさえ近かった距離を、静かに近づける。
触れたのは、一瞬。
少し乾いた唇の感触に、切れそうになる理性をフルに働かせて、すぐに離す。
宮崎は拒絶するでも応えるでもなく、固まったまま。
「逃げないなら・・・本気で期待するぞ?」
「・・・・・・ご自由に」
相変わらず、受身な姿勢。だが今の俺には、十分な起爆剤だ。
ギリギリで残っていた余裕も理性もどこかに消え失せて、誘われるかのように再び唇を奪った。







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08.06.08





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