近くて遠い距離 (6) |
俺と言う男は単純なもので、自分の気持ちを自覚してからは特に悩むこともなく、素直にそうなのかと認めていた。 相手がまさか男だとは思わなかったが、誰かを好きになると言うことがたまらなく嬉しくて、何より宮崎なら何でも良いなんて思えるのだから我ながらおかしくて仕方がない。 相変わらず宮崎の態度は冷たいけれど、それがたまに崩れる瞬間が気に入っているから、そんなに気にもならない。 適当に愛想笑いされるより、よっぽど良い。 まあ関係を進展させるのには骨が折れそうだけど、久しぶりの片想いだ、楽しまなくちゃ損だろう。 そうと決めたら、自然と調子も上がってくる。 やっぱり、どこまでも単純にできているみたいだ。 「お、珍しいもの発見。何コレ、恭平が買ったの?」 「この前、実家に帰ったときに拓弥にもらった。それより、何しに来たんだよ、お前は」 「暇だったし構ってもらおうかなぁって」 「あっそ。気味悪いな」 「何が?」 「お前以外に誰がいる?」 恭平がうんざりと言った様子で指差してくるのを、わざと後ろを振り向いて、誰?と言う素振りをする。 もう少し突っ込んでくるかと思ったが、恭平は肩を竦めただけですぐに机に向かってしまった。 冗談が通じないヤツだ。 まあ、特に何があるわけでもないのに、鼻唄交じりになっていたり妙にテンションが上がっていたり。さらには意味もなく部屋に押しかけてダラダラ話したり。 確かに、気持ち悪いかもしれない。 だからと言って、暇つぶしに来てるのだから、素直にこのまま帰る気はないけれど。 「つーかさ、お前はさっきから何やってんの?」 「添削」 一言で返されるが、まったく意味が分からない。 仕方がないので立ち上がり、手元を覗き込んでみる。 そこに広げられていたのは数学の問題。・・・ますます意味が分からない。 「お前と数学が結び付かないんだけど?家庭教師のバイトでも始めるのか?」 「拓弥のだよ。今年、受験だからな」 言われてみれば、広げられている問題集は高校受験対策のものだ。 「相変わらずの兄バカっぷりだな。いっそのこと、帰って家庭教師でもしてやれば?」 「そう提案したら、あっさり断られた」 何でもないことのように言っているが、恭平にとっては相当なショックだっただろう。 それは少し眉をひそめている様子からも見て取れる。 「んで、断られたくせに何で高校の問題なんか解いてるわけ?」 「だから添削だってさっき言っただろ」 「いや、意味わかんないから。もう少し分かりやすく説明しろよ」 「だからファックスのやり取りで、添削することにした。塾にも行ってないようだから、母さんと話して決めた苦肉の策だ。一人で頑張るとまで言われたら、邪魔するわけにいかないからな」 「ああ、それでファックス買ったわけね」 携帯電話が普及したこの時代、大学生の一人暮らしに固定電話は必要ない。 恭平も例に漏れず携帯しか持っていなかったが、つい先日からファックス付きの電話が置かれるようになった。 どういう風の吹き回しかと思えば、なるほど、やはり拓弥の為なのかと妙なところで納得してしまう。 「ホント、拓坊のことになると人が変わるよな、お前は。愛しちゃってるね〜」 軽い口調でからかえば、しれっとした態度で「当たり前だろ」と返ってきた。 その言葉にはさすがに驚いたが、恭平自身も無意識だったらしく、言った後で恥ずかしくなったのか不自然な咳払いをしている。 こんな恭平を拓弥にも見せてやりたいくらいだ。我が友ながら、面白すぎる。 「とにかく!俺ができることならなんだってしてやりたいんだよ」 「はいはいっと。まあ頑張って、お兄ちゃん」 「うるせぇ。お前の方こそどうなんだよ。最近は、気味悪いくらいにやにやしているんだ、何かあったんだろう?」 「突然の振りだな。んー、まあ何て言うの?恋って素晴らしい感情だよな」 少し茶化して言ったのが悪かったのか、見事なまでに嫌な顔をされた。 結構本気の言葉だったんだけど、まあ今までの俺を知っている恭平からしたら、にわかには信じられないか。 「例の、気になるっていう後輩か?」 「あ、話戻すんだ。そう、その後輩。もうね、見つけたって感じだな」 「あーそー。相手の方は?」 「んー、今んとこ俺の片想い。まあ、はっきり伝えてもいないしね」 そもそも自覚したのだって最近だから、仕方がない。 恭平はしばらく何かを探るように見てきたが、不意に大きく息を吐く。 「ま、嫌われないように頑張れよ」 「おうよ」 とりあえず容認してくれたらしい。 どこかすっきりはしないが、親友に認められると俄然やる気も出てくるというものだ。 「あと、本当に本気だっていうなら、今までのお遊びの相手は早めに切っておけよ」 「そうだな。まあ、おいおいな」 このときの恭平の忠告を、真剣に受け止めておかなかったことを後悔するのは、まだもう少し後の話だ。 『明日、暇?』 2日ぶりに送ったメールは、15分後に『何の用ですか?』と、これまた素っ気無いメールで返ってきた。 何か用か、と訊いてくるときは、特に用事がないというとき。 本当に用事があるときは、きっぱりと断ってくるから分かりやすい。 『特に用がなかったら、買い物付き合ってー』 軽い感じでお誘いメールを送って、しばらく返事が来るのを待つことにする。 今日は、散々恭平の拓弥バカっぷりを存分にからかいはしたが、今の俺も大差ない。 いや、むしろ恭平よりも性質が悪いだろう。 弟のような存在に向ける好意と違って、俺の場合は完全に邪なものだ。 宮崎が隣を歩いているだけで触れたくなるし、思い切り抱きしめたい、キスもしたい。 「・・・・・・なーんて、いきなり言ったら一発で嫌われるよなぁ」 とりあえずは、もう少し距離を縮めたい。 とは言うものの、どうしたら良いのかは分からない。 今までの相手はみんな遊び慣れていて、最終的な目的も身体だったし、大抵は向こうから取り入ろうとしてくるから、特に親密になるために何かしたことはなかった。 じゃあやられたようなことをしてみたら良いのかとも思うが、どうでも良い相手にされてもウザったいだけという経験が、却下する。 うだうだと考えていると、携帯がメール着信を告げた。 待ち人からの返事は、『午後からなら、大丈夫です』 「―――・・・誘うだけ、誘ってみますか」 二人きりは危険な気もするが、妙に周りを気にしている風の宮崎とゆっくり話すにはこれが一番だろう。 モノは試しだ、来てくれるかどうかも分からないし。 よし!と誰もいない部屋で気合いを入れ、ひとまずはモノが散乱している部屋を片付け始めた。 >> NEXT 08.05.25 |