近くて遠い距離  (4)





8月も半ばになると、夏も真っ盛り。今年の暑さは茹だるようだ。

「大分マシな顔になったじゃない?」
たまには顔を見せろという母親の電話に、盆くらいは戻るかと帰省したのが昨日のこと。
帰省と言っても在来線で2時間くらいだから、大した距離じゃない。
帰ってきたところで特にすることもなく、せっかくだから拓弥の顔でも見に行こうかとぼんやりしているところに、姉貴が声をかけてきた。
「いきなり何だよ、美里。ってか、美希はどうした?」
「美希はお昼寝。ちょっかい出すんじゃないわよ」
今年3つになる美希は、19のときに家を飛び出た姉が5年後帰ってきたときに腕に抱いていた娘だ。
父親は駆け落ちした相手のようだが、子どもができたと分かるとすぐに姿を消したらしい。
変なところで強情な美里は、一人で産んで一人で育てようとしたが、身体の弱い娘の今後が気になって恥を忍んで3年前に実家に戻ってきた。
大学に入ってからの俺はといえば、まあ確かに褒められたような生活はしていないし、子どもの教育に悪いと言われれば言い返す言葉もない。
納得できないが、俺が姪と遊ぶときは、姉か母がいる前でなければならないという制約がつけられている。
「好きっていう気持ちが分かんないヤツに、可愛い我が子を任せられないわよ」が美里の口癖だ。
少なくとも姪っ子が可愛いと言う気持ちは分かっているというのに、全く酷い話だ。

「前見たときはバカとしか思えなかったけど、顔つきがね。良くなってるよ」
「はぁ?」
何を言いたいのかよく分からず、思いっきり不審な声をあげる。
だが美里は特に気にする様子もなく、勝手に隣へと腰を下ろし、人の顔を間近からじろじろと見つめてくる。
「んだよ、気持ち悪いな」
「うまく言えないけどさ。顔つきって言うより雰囲気かな。やっぱり、前会った時とは全然違うわ」
そう言われてもピンと来ない。
確か、前に帰ってきたのは正月だから、半年前からと言うことになるが、何か変わったことなんかあっただろうか。
「ねぇ、好きな子でもできた?」
「はぁ?」
「いないの?じゃあ気になる子は?」
「別にいないけど」
「けど?」
少し考えてみるけれど、特にそういった相手はいない。
最近は何だか面倒で、身体だけの関係を持つことも少なくなったくらいだ。
気になるというか、今一番の興味の対象は宮崎だと思うが、美里が望んできるような答えではないだろう。除外除外。
そうすると他には・・・うん、やっぱり特にいないな。
そもそもまともに好きになって、ちゃんと付き合った相手なんていない気がする。
「よくわかんねぇ。いないんじゃない?」
「ふーん。大抵遊び人がまともになるきっかけは、本気の相手ができたときなんだけどねぇ」
「知るか」
「まあ、そこまでまともにもなってないか」
あんたに言われたくないと言い返してやろうと思ったが、少なくとも母親としての美里はまともだから、その言葉は的確ではない。
何も言えなくなった俺に少しだけ勝ち誇った顔を浮かべながら、美里はポンと肩を叩いて立ち上がる。
「ま、ふいに気がつくもんよ。そしたら大事にしな」
珍しく姉らしいことを言った美里は、美希がそろそろ起きると言って、来たときと同じくらい突然に部屋を出て行った。
残された俺はしばらくぼんやりと美里の言葉を考えてみたが、結論なんて出るわけもなく。
とりあえず拓弥にでも会いに行くかと、考えることを放棄して立ち上がった。







夏休み中でも、守衛が休みに入るお盆を除けばサークル室への出入りは自由だ。
体育会系や音楽関係のサークルは、ここぞとばかりにサークル棟全体を使って活動をしている。
野太いかけ声や各自練習のため全くあっていない音は煩くて仕方ないが、これも長期休みならではの光景だ。
特別な活動をしているわけではないうちのサークルも、暇なヤツらは遊び仲間を求めてサークル室に集う。
散々俺が言ったからか、宮崎もそれなりに顔を出しているようだ。
その方が偶然に会える可能性は高まるという打算は、あくまでも打算に過ぎなかったけれど。
顔を出してもすぐに帰るらしく、見事にすれ違ってばっかりだ。
わざとやってんじゃないかと疑いたくもなる。
今いる面子は、俺を含めて暇を持て余している4人。取りとめもない話をしながら、それぞれが勝手なことをして時間を潰している。

「うわー、ホントに誠一いんじゃん!」
そろそろ帰ろうかと思ったところに、突然開かれた扉から大声が飛び込んできた。
他のヤツらには目もくれず、一直線に俺の前まで歩いてくる。
面倒なヤツに見つかった、と思ったが、今さら逃げ場所はない。
一応相手はセンパイだし、ひとまずにこやかな対応をすることにする。
「メグ先輩、久しぶりっすね」
「まったくよ。誠一が最近よく出没してるって言うから、見にきてみたらホントにいるし。あんた暇なら、たまには付き合いなさいよ」
「いやぁ、暇ってわけでもないんですよ」
「特別な用があるわけでもないんでしょ?ホント最近付き合い悪いんだから。メールしてもつれない返事ばっかりだし」
返信しているだけマシなんですよ、とは心の中でしか言えない。
先輩じゃなければ返事すらしていない。先輩であっても、勘違いしているヤツ、勘違いしそうなヤツは無視。何度か遊んで一度くらい寝ただけで彼女面されるのは本当に勘弁だ。
殆どが後腐れのないのを選んでいるのだが、たまに読みが外れて辟易する羽目になる。
まあ恭平には自業自得だと鼻で笑われたし、自分でもそうとは思うけれど。
メグ先輩も、以前は暇つぶしとバカ騒ぎの相手としてよく遊んだものだが、正直面倒なタイプだ。
お嬢さま気質で、簡単に言うと自己中。それなりに顔も良いから、基本的に男は自分の言うとおりになると思い込んでいる。
実際は、みんながみんな逆らうと面倒だからと顔を立ててやっていただけなのだが、当然本人だけ気がついていない。
今は暇つぶしには事足りているし、できれば関わりたくないと思っていたから避けていたのだが、まさかここに姿を現すとは。
彼女も4年だし、そうそう会うこともないと踏んでいたのだが、甘かったようだ。
「ちょっと誠一聞いてる?とにかく今日は付き合いなさい。私、学生のうちにパーっと遊ぶって決めるんだから」
「メグ先輩ズルいーっ!私も行きたい!」
「あ、俺も俺も!」
「構わないわよ。大人数で騒ぐのも久しぶりだし」
さて、どう逃げようかと思案しているうちに後輩どもが騒ぎだした。
メグ先輩の了承に、完全に盛り上がっている。
「ほら誠一行くよ!」
こうなったら今さら逃げられるわけはない。
潔く諦めて、引っ張られるがままサークル室を後にした。







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08.04.27





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