近くて遠い距離 (3) |
前期も残すところ、試験だけという7月の半ば。 大学の夏休みはバカみたいに長いから、旅行やバイトなどみんな様々な計画を立て始めている。 去年は確か、誘われるがままに色々なところに顔を出しては遊んだなと思い出しつつ、さて今年はどうするかと考えてみる。 無論、今年も例に漏れず色々なところから声をかけられてはいるのだが、どうも気分が乗らずとりあえず保留という形にしてある。 サークルの合宿(と言っても、ただ次回の簡単な人事を決める以外は遊ぶだけだが)は確か、例年8月頭だったはずだ。 いつもならすでに連絡が入っている時期だが、今年はまだ聞いていない気がする。 日程が変更になったのか、それともメールを見逃したか。 携帯をいじって探してみるが、毎日何かしらの着信があるだけに、一々見ていくのは面倒だ。 直接聞いた方が早そうだと、ひとまずサークル室へと足を向けた。 「あ、伊藤先輩。こんにちは」 「ちぃーす。なあ、今年は合宿やらねぇの?」 「や、いつも通りやる予定なんですけど、連絡が遅くなっちゃって。おかげで1年の参加率が悪いんですよ」 「ふーん」 1年生の中でいつも通りという考えは当然ないのだから、予定を入れてしまっているのは当たり前だろう。 合宿は新歓と同じくらい、その後の参加を決めるきっかけを作る行事だ。 カップル発生率が高い行事としても、サークルの中では重視されている。 すみませんと肩をしぼめている合宿担当の後輩に、だからお前はもてないんだよと言ってやりたいのをぐっと堪える。 「ま、今さら言っても仕方ないわな」 机の上に置かれていた合宿出欠と書かれたメモを目敏く見つけ、何気ない風に参加者をチェックする。 宮崎の名前のとなりには、バツ印。不参加か。 「あ、それで伊藤先輩は?」 「俺も不参加ね。予定入れちゃった」 えー!?と横からブーイングが入るが悪びれずに笑ってかわす。 これで合宿担当である河田の肩身は相当狭くなるだろうが、知るもんか。 「もー、ホント河田のバカ。宮崎くんにもついさっき断られたばっかりなんですよー」 「さっき?なに、宮崎きてたの?」 「あ、はい、ついさっきまで。購買寄ってくって言ってたから、まだ下にいるんじゃないかな」 いつもとは違う、狙ったわけではない偶然に、自然と笑みが浮かぶ。 「ふーん。んじゃ俺も予定分かったし、帰ろっかな。んじゃ河田、頑張れよ合宿」 「ちょっ、先輩!本気で参加してくれないんですか!?」 「えーっ、伊藤先輩行かないなら私も行かないー!」 やいのやいのと文句をいう後輩たちから逃げるように、サークル室を後にする。 宮崎の合宿不参加は想定外だった。そろそろ、もう少し近づいてみようと思っていたのに、これでは計画がパーだ。 さてどうしたものかと考えていると、前方に宮崎が歩いているのが見えた。 歩いている方向を見定めてから、早足で迂回し、先回りする。 そして、さも偶然であったかのように、声をかけた。 「合宿行かないんだって?」 もう少し驚いた様子を見せるかと思ったが、驚いたのは一瞬だった。 「随分、情報が早いですね」 「そりゃ、お前のことならな」 同じサークルに所属しているのだから、ちょっとアンテナを張っていれば大抵の情報は入ってくる。 加えて、自ら情報を得ようと動いているわけだから、俺が持つ宮崎に関する情報量は当たり前と言えば当たり前の量だ。 まあ、今回のすばやさに関しては、まったくの偶然だけど。 「・・・失礼します」 「って、ちょっと待てよ」 逃げるように動き始めた足を慌てて引き止めたけれど、さてどうしたものか。 「まだ何か?」 「お前って結構鈍感だよなー」 「・・・」 不思議そうな顔で振り向く宮崎に、笑みが浮かぶ。とりあえず足を止めることは成功。 「結構分かりやすくアピールしてたつもりなんだけど?」 口は勝手に動く。 今、ここまで言う必要なはいと思いつつ、とにかく止めたら負けだと言う妙な強迫観念が働いている。 俺は何をこんなに焦ってるんだろう? 「・・・何のことですか?」 平静を装ってはいるが、隠し切れないらしい警戒心は一歩下がった足からも少し震えた声からも感じられる。 何でこんなに警戒されるのか・・・まあ、今までかなり不自然に近づいたから仕方ないか。 いや、でも警戒されると言うことは、それなりに意識されていると思って良いのかもしれない。 そう思ったら、一気に気が軽くなる。 「なぁ。合宿の日、どこか行こうぜ」 特に考えもなく飛び出た言葉だが、その思いつきは我ながら上手いと思った。 そうだ、別に合宿にこだわる理由はない。 むしろ余計な連中がいない方が、楽しめるじゃないか。 「先輩は、合宿行かないんですか?」 「お前いないなら行っても面白くないし」 「・・・申し訳ないですけど、バイトあるんで」 「毎日ってわけじゃないだろ?一日くらい付き合え」 あ、この表情はちょっと好きかも。 何ともないフリして、だけど困ったように少し眉をひそめている。 目はそらしているくせに、無意識だろうが時々どこか縋るような目でチラリとこちらを見るのが、おかしくて仕方ない。 お前を困らせている張本人は俺なんだけど、と言ってやりたいくらいだ。 やっぱり表情があった方が楽しいよななんて、自分が仕掛けたことに満足感を得る。 「どこに行くか決めておけよ」 結局押し切られる形で宮崎に了承させてから、やっぱり止めたと言われる前にそそくさとその場を離れた。 約束の日、本当に来るのかと少し不安になったが、待ち合わせの場所に宮崎はちゃんといた。 時間より5分は早い。少しおどおどした様子は、まるで初デートの時みたいでおかしかった。 「悪いな、待たせたか」 「っ・・・いえ、別に」 少しビクリと震えて、気付かれないくらい小さく息を吐く。 「驚かした?」 それを狙ってわざと背後から声をかけたのだけど、宮崎は首を降る。まあ、それも予想通りの反応だ。 「どこ行きたい?」 「別に、先輩の好きなところで」 「へー、どこでも良いの?」 にやりと意地悪な笑みを浮かべれば、キツイ目で睨まれる。 「冗談だよ。んじゃ、とりあえず買い物付き合って?あ、やりたいことできたらすぐに言えよ」 「あ、はい」 その日は結局、ただ適当にブラブラして、軽く夕飯を食べただけで、早めに別れた。 完全に受身と言うか流されているだけの宮崎だったが、会話が途切れることもなかったし、はぐれたときに面倒だからと言いくるめて、携帯の番号とアドレスも抜かりなく交換した。 合宿ではここまで成果は上がらなかっただろうと、あの時の自分の思いつきを褒めてやりたくなる。 別れ際、また連絡すると言ったら、少し困った顔を見せながらも頷いてみせる宮崎に満足して、久しぶりに今日は楽しかったと一日を思い出しながら眠りについたのだった。 >> NEXT 08.04.20 |