近くて遠い距離  (1)





今思い起こせば恥ずかしくなるほど、大学に入った頃の俺はどうしようもない男だった。
それなりに顔も人当たりも良いものだから、自然と周りに人が寄ってくるし、俺が望まなくても身持ちが軽い女は簡単に身体を開いてきた。
本気で恋愛するのも面倒だからと、付き合う女はほとんど遊び。
そうすると自然に長くは続かず、端から見たら「とっかえひっかえ」という言葉が見事当てはまる状態だろう。
実際に、一度きりがほとんどだ。何となくその場のノリで、というのが多かったし、何度もヤって勘違いされても困る。
興味本位で、男に手を出したこともある。
あの時は向こうから言い寄ってきたから試してみたのだが、女と違って化粧くさくないこと以外は大して良くなかったから、それきり男は相手にはしていない。
とは言え、気に入ったヤツには男だろうと女だろうと近づいていったから、節操なしと言われても仕方ない。
仲間とバカ騒ぎするのも、好きでもない女とセックスするのも同じ遊び。
大学なんてものは社会に出る前の息抜きの時間で、バカができるラストチャンスとしか考えていなかった。

だから、あいつに初めて会ったときも、ただ何となく興味を惹かれたと言うレベルだったのだ。





そのとき一緒に歩いていた女は、とにかく自分の話をしまくっていた。
山も落ちもない話を聞くのが面倒になってきて、小休憩のつもりで久しぶりにサークル室に顔を出した。
2年の中頃から既に飲み会に誘われれば参加する程度になってはいたのだが、どちらかといえばオールラウンド系のサークルだからそんなヤツは山ほどいる。
そういえばそろそろ新入生が入る頃だと思ったから、可愛いのとか入ったかなという軽い気持ちでドアを開いたのだ。
「あ、伊藤先輩。お久しぶりです。どうしたんですか、今日は」
「いや何、新入生の顔を見にね。今年は可愛い子入った?」
「ダメですよ、先輩。うちの大事な新人に手を出しちゃ」
1つ下の後輩に苦笑されながら言われ、後が面倒になりそうなのには手を出さねぇよと心の中で応えつつ室内をぐるりと見渡してみる。
新入生だろう、何人か知らない顔がある中で、一人の男と目があった。
そのまま目をそらすでも戸惑う様子を見せるわけでもなく、一応と形ばかりに会釈される。
どちらかと言えば真面目そうなタイプだ。飲みたいとか騒ぎたいとかそういったことじゃなく、特に考えもなく何となく誘われるがままに入ったんじゃないだろうか。
多分長続きはしないだろうなと思いながら、今までこのサークルにはいたことのないタイプが少し面白くて、自分から近づいていってみる。
「あんた、1年?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ふーん・・・名前は?」
「宮崎です。宮崎泰成」
「宮崎、ね。俺は伊藤誠一。3年。よろしく」
にっこりと笑って握手を求めれば、おざなりにではあるがそれに応えてくる。
少し冷たい手だ。返された笑みは少しぎこちないが、先輩に対して怯えている気配もない。
あまり1年という雰囲気がないのは、どこか落ち着いているからだろうか。
「せいいちー?まだぁ?」
もう少し話をしてみたいと思ったが、いい加減待ちくたびれたらしい女に声をかけられて、今日のところは退散することにする。
扉を閉める直前に少しだけ振り向いていたが、宮崎と名乗った男は興味すらもたなかったのか既にこちらを向いていなかった。
「・・・ちょっと、面白いかもな」
「えー、何か言ったぁ?」
「いや、別に」
「ふーん?あ、それでねー・・・」
隣りで相変わらず中身のない話をしているのを右から左へ流しつつ、誠一は先ほどあったばかりの新入生の顔を思い出してみる。
どこにでもいると言えばいる顔だが、それなりに整った顔をしていたように思う。
少し冷たい印象があるのは、細身の眼鏡のせいか、それとも元来の性格がそういう雰囲気を醸し出しているのか。
あの表情を崩したら、楽しいかもしれない。
その思いつきは、とても面白い企みのように思えた。
同じようなヤツらとばかり付き合ってるのも、飽きてきた頃だ。たまには気色の違うのも良いかもしれない。
面白い遊びでも見つけたように笑う俺に、隣りにいた女は自分の話が面白かったのだと勘違いして、よりおしゃべりに力を入れた。




「あれー、珍しい。伊藤先輩が続けて顔出すなんて」
「そー?新歓やった後だしね、やっぱ交流持っておかなくちゃと思って。あ、これ新入生の名簿?」
「そんなこと言って、若い子狙ってんじゃないんですかぁ?」
そんなに見境なくないよと笑って応えつつ、名簿の中からさりげなく目当ての名前を探す。
あれから何度か顔を出したが一度も会うことはなく、先日開かれた新入生歓迎会と称した飲み会にも、宮崎の姿はなかった。
この時期の1年なんて最初だけと言うヤツは多いし、早速やめてしまったのかと少し焦ったのだが、程なくして目当ての名前を見つけ出す。
宮崎泰成。経済学部か。携帯の番号とアドレスも続けて書かれているが、さすがにここで控えるわけにもいかないだろう。
まあどうせなら直接聞き出したいし。
「ふーん、結構入ったね。経済が多いか?」
「そうですか?結構どこも均等にいる気がしますけど」
「ああ、言われてみればそうかもね。あれ、みっちゃんは経済だっけ?」
「あ、ちゃんと覚えてくれてたんですね」
「まぁね。確か、初めのうちは大教室の授業が多いとか言ってたよな」
「そうそう。後ろの方に座ると結構寝れるんですよー」
さりげなく、そうと気付かれない程度に情報を仕入れていく。
何でここまでしているのかと思わなくもないが、まあ一種のゲームみたいなものだ。
そして、このゲームは既に始まっているのだ。だからこそ、今も楽しくて仕方ない。
実際の宮崎泰成がどんな男かなんて分からない。期待外れの可能性だって高い。
でも、それならそれで切れば良い。別に大した執着があるわけじゃないのだから。
とりあえず、まずは仲良くなるところから始めないとだよな。
これからのことを頭の中で計画し、明日から楽しくなるぞ、と誠一は笑みを深めた。







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08.04.13





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