偽りの恋人  (4)





一瞬、柘植が何を言っているのか分からなかった。
僕の聞き間違いじゃなければ、柘植は今、付き合わないかと言わなかったか?
彼女には困らなかった柘植が、学年一美人だという中野さんをも振った柘植が、僕に?
だんだん言葉を理解するにつれて、今度は疑問がこみ上げてくる。
何故、僕なの?
好きな人がいるんじゃないの?

「待って、だって、好きな人が出来たって・・・」
それが僕であるはずがない。
混乱した頭でも、悲しいけどそれだけは分かる。
だから直接訊いた。何故と。
「あー・・・まぁ、そうなんだけどさ」
珍しく歯切れが悪く、どこか言葉を選んでいるようにも見える。
僕は何も言わず、ただ柘植の口元を見ながら、次の言葉を待った。
「俺も和宏も、二人とも望みないわけだし。それって空しいじゃん?」

あぁ、そういうことか・・・。
少し言いよどみながら告げられた言葉に、妙に納得する。
つまり、僕は代わりなのだ。柘植の好きな人の。
「・・・って、嫌だよな。和宏、好きな人いるんだし。悪い、何言ってんだろうな、俺」
謝られても困ってしまう。
だって、僕の好きな人は他でもない、柘植なのだから。
だから僕は少しの間を置いて応えた。
「柘植が、僕で良いなら・・・いいよ」
ようやく聞こえるくらいの声に、柘植が驚いたように目を見張るのが分かった。
「・・・本当にいいのか?」
「うん。柘植がそれでいいなら」
代わりであるのは承知してる。それが辛いことも。
だけど僕はそれ以上に、”柘植の恋人”という立場に惹かれてしまった。
それに、代わりでも僕を選んでくれたことが嬉しくて。
僕は未だに驚きから解放されていないらしい柘植に、小さく笑いかけた。
「・・・じゃあ、今日から俺たち恋人な」
それを受けて、柘植も少し考えた後で、笑顔でそう言った。







二人の付き合いが始まって2週間。
もともと気の合う友達だけに、この奇妙な関係は思いのほかうまくいっていた。
特に何があるわけではない。
夏休み前からの関係と殆ど代わらず、一緒に帰ったり遊びに行くくらいだけど。

「和宏ー」
柘植はいつも優しくて、たくさん笑ってくれる。
今だって、笑顔で手を振って待ち合わせ場所に駆け寄ってきてくれているのだ。
「わりぃ、待った?」
「ううん。時間ピッタリ」
こんな会話でさえ、何だか照れくさい。
「ほら、ボーっとするなって」
言って、こけそうになった僕の手をとる。
「和宏はホント、危なっかしいよな」
そう笑う顔に、一瞬だけ繋がれた手に。
錯覚してしまいそうになる。
・・・まるで、柘植が本物の恋人かのように。

柘植が側にいることも、僕に笑いかけてくれることも、凄く嬉しいけれど。
優しくされるたびに思ってしまう。
柘植は僕を通して、誰を想っているのだろうと。
そして、その度に僕は心の中で自分に言い聞かすように繰り返す。
自分は、代わりでしかないのだと。

自分で望んだことなのに、もうこんなにも辛くなっている。
それでも、まだ柘植の側にいたい自分が愚かで、少し笑えた。







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04.11.07




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