偽りの恋人  (3)





「和宏?どうした、何かあったのか?」
柘植の慌てた声に、初めて自分が涙を流していることに気がついた。
「あ・・・」
「とりあえずこっち来い。今なら、誰もいないから」
そう言って、柘植はさっきまでいたのだろう陸上部の部室に僕を連れていった。
柘植がカギ当番だったのだろうか、ポケットから取り出すとカチリと開ける。
さすがに運動部の部室だけあって籠もった匂いがしたが、柘植は構わず僕を連れて中に入った。


「・・・で、何かあったのか?」
初めて入る部室に戸惑い、落ち着かずにいる僕に構わず、柘植は改めて訊いてくる。
だが、僕は何も答えることが出来ず、ただ俯くことしか出来なかった。
しばらくして、小さく柘植が溜息をついたのを感じた。
柘植を困らせたいわけじゃないのにと思えば、今度は自分が情けなくなって再び涙が浮かんでくる。
そんな僕の様子をしばらく黙って見ていた柘植が、ふいにポツリと呟いた。
「和宏が泣いてるのは、好きな人のため?」
その言葉にビクリと反応して、そのまま柘植の顔を見る。
すると、どこか困ったような気まずいような、でも真剣な表情でこちらを見つめている柘植と、目があった。
「・・・違うよ」
「嘘だね」
やっと言えた一言は、無情にもすぐに否定される。
確かに嘘だったから、僕はそれ以上もう何も言えなくなる。
ホントに、情けない・・・。

「・・・そんなに好きなんだな、そいつのこと。そんなに泣くほど、想ってるんだろ?」
「・・・」
黙って首を横に振る。
だけど、それがただの強がりだということは柘植にも分かっているだろう。
「ホント、羨ましいくらいだよな」
「・・・柘植にもいるんでしょ?」
「え?」
「ホントに好きな人、出来たんでしょ?だから、彼女作らないんでしょ?」
「何言って・・・」
突然、畳み掛けるように詰め寄る僕に、柘植の言葉が詰まる。
自分でも何を言っているのだろうと思う。
答えを聞いたところで、悲しくなるだけなのは分かりきっているのに。
でも、もう後には引けなかった。柘植の口から直接聞いて、はっきりさせてしまいたかったのかもしれない。
僕のそんな気迫が伝わったのか、柘植は一瞬だけ僕から目をそらして、そして再び視線を合わせて、ハッキリと告げた。

「・・・いるよ」

本当に僕は何がしたいんだろう。
自分からせがんだくせに、もう後悔している。
ここまでくると、馬鹿もいいとこだ。

「でもさ、完全に片思い」
「え?」
また一人で考え込んでいるうちに、柘植が言葉を続ける。
だが、その言葉はあまりに意外で、今度は疑問がこみ上げてくる。
「何で、そう思うの?」
柘植が望めば、どんな子でもOKしそうなものなのに。
言外にそう告げれば、柘植が苦笑する。
「自分の気持ちに気付くのが遅かった。相手には、好きな人がいるんだと」
「・・・告白したの?」
「いや、告白する前に失恋。ざまーねぇよな」
言って、自嘲の笑いをもらす。
僕は何も言えずに、ただ柘植を見ていた。
涙は知らないうちに止まっていた。
僕が柘植に片思いして、柘植が僕の知らない誰かに片思いしている。
悲しいを通り越して、何だかおかしな気持ちだ。

「和宏さ、前に望みないって言ってたよな?好きな人に対して」
「・・・うん」
ふいに、柘植が話を変える。
その質問の答えは、言葉にするとまだ辛いけれど、事実だから素直に頷いた。
だが、その後の言葉は、僕は予想すらしていなかった。

「じゃあさ、俺と付き合わない?」







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04.11.03




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