偽りの恋人  (1)





それは、僕がもてる最大限の勇気を振り絞っての言葉だった。
だけどそれに対する彼の言葉は、僕を打ちのめすのに十分すぎるものだった。






「え?ごめん、もう一回言って」
「だからー、別れたんだって。つい昨日」
「・・・また?」
そう言って何ともなさげに笑う男を見ながら、僕、”相田 和宏”はつい訊いてしまう。
「まぁな。柘植君は私のこと好きじゃないでしょ、だそうだ」
振られたというわりに、その表情からは全くショックを受けている様子は見られない。
といっても、これも最早いつものことだ。
目の前にいるこの男、”柘植 秋良”は陸上部のエースで、容姿も整っていることから、とにかくもてる。
そして女の子の方から告白されては、一応OKするくせに、しばらく経つと必ず女の子の方から別れを告げられる。
「その子のことが好きだから付き合ってたわけじゃないの?」
「んー、っていうか向こうから告白してきて、好きじゃないからって言っても、それでも構わないっていうからさ。OKしたんだけど。 やっぱ女ってよく分かんねーよなー」
あっけらかんと言い切るこの男に、悪ぶれたところはまるでない。
「本当に好きな人と付き合わないから、そんなことになるんだよ」
「和宏はいつもそう言うんだよなー。分かってんだけど、そうそう好きな奴もできないんだって」
「ホント仕方ないんだから」
柘植の言葉に苦笑しながら、僕は動揺を隠すことに集中していた。
いつものことだと分かっているのに、柘植から彼女と別れたという話を聞くとつい動揺してしまう。
そして同時に、無意識のうちに笑ってしまっているんじゃないかと手で顔を確認する。
仮にも友人が振られたという話を喜ぶ奴なんていない。
だけど、僕には柘植が彼女と別れるたびに嬉しく思ってしまう。その理由が、僕にはある。

「そういう和宏はどうなんだよ?」
「・・・え?」
つい自分のことに集中して、話を聞いていなかった。
「だから、和宏はいないの?本気で好きな奴」
「あ・・・」
あまりに唐突に訊かれ、つい反応が遅れてしまった。
今まで1年半近く付き合ってきたが、一度も訊かれたことがなかったので油断していた。
だから、動揺を隠し切れなかった。目の前にいる柘植が、そのことに気が付かないわけがない。
「その反応は、いるんだな?ん?」
嬉しそうに顔を覗き込んでくる柘植に、顔が赤くなるのを感じる。
その様子に、柘植は面白いものを見つけたといわんばかりに、笑顔で詰め寄ってくる。
「ほら、俺とお前の仲だろ?水臭い。それに今は俺ら以外誰もいないし。な?」
確かに放課後の教室には、委員会で遅くなった僕と、部活が終わって忘れ物を取りにきたという柘植以外は誰もいない。
だけど、言えるわけがない。
僕の好きな人は、今まさに目の前にいる柘植本人なのだ。
2年間同じクラスと言うこと以外あまり共通点はないが、なぜか気の合う友達で。気が付いたら好きになっていた。
だけど、想いを伝えて軽蔑されるより友達でいたいと、必死で想いを隠してきたのに。
何でこんな唐突に・・・っ!
「和宏ー、ほら観念しろって」
楽しそうな柘植の声に、いつの間にか瞑っていたらいい目を開けると、柘植の顔が至近距離にあった。
いつも以上に近い距離から柘植を見て、その瞬間に僕は観念した。
隠し切るのも限界だと思ったから。
だから、僕は精一杯の勇気を持って、ついに口を開いた。

「・・・もうずっと、好きな人がいるんだ」

ついに言った。言ってしまった。
心臓が激しく打っているのが聞こえる。もしかしたら、柘植にも聞こえているかもしれない。
柘植は妙なトコで聡いから、僕の好きな人が誰なのか、もう気付いてしまっただろう。
一人でドキドキして、でもここまできたらちゃんと言わなければと、次の言葉を 次の言葉を一生懸命捜す。
言ってしまった言葉は、取り返しはつかない。
それなら、せめてちゃんと伝えたいのに、言葉が見つからない。
だけど考え込んでる僕の頭上から聞こえてきた彼の言葉は、僕を打ちのめすのに十分すぎるものだった。

「マジで!?何だよ、早く言えよー。他でもないお前のためなら協力するぜ?」
「・・・え?」
「で?誰なんだよ、その相手は?」
・・・気付いて、ない?
嬉しそうに笑う柘植に、急速に熱が引いていくのを感じる。
ああ、そうか。僕は、何を期待していたんだろう。
望みがないのは分かりきっていたのに。
それでも、柘植から協力すると言われた瞬間、思った以上にショックを受けた自分がいた。
「和宏?」
「うん・・・ごめん、それは柘植でも教えられない」
「何でだよ。誰にも言わないぜ?」
「ありがとう。でも、もういいんだ」
「何が?」
「望みないし。それに・・・本当は好きになっちゃいけない人だし。だから、ごめん」
自分で言ってて、悲しくなってくる。
柘植は納得してないみたいだけど、僕は無理やりその話を終わらせた。

僕の恋は、告白する前に終わってしまったけれど。
それでも、このまま柘植と友達でいられることのほうが嬉しいから。
そう自分に言い聞かせてみても、心には少し痛みが残った。







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04.10.30




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