手を伸ばせば届く距離  (9)





”今度は逃がさない”

ああ自信たっぷりに言ったけど、本当に来るかどうかなんて自信がなくて。
ただ無理やり取り付けた約束の日に、泰成が現れることだけを願って、その日を待った。
来れば、まだ望みがあるということ。
だから、待ち合わせ場所に少し遅れて現れた姿に、自然に頬が緩んだ。
「来てくれたんだな」
「・・・借りは返さないとですから」
相変わらずのぶっきらぼうな態度に、苦笑する。
そういえば店で見せる営業用のものしか、笑った顔を見ていないことを思い出す。
元々そんなに笑う方でもなかったけれど、たまに見せる笑顔に魅せられていた、あの頃。
もう一度、笑顔を向けてもらいたいと願うのは、ごく自然な想いのはずだ。
「借り、ね。それだけ?」
「・・・それ以外に何が?」
「いや、別に。さて、じゃあどこ行きましょうかね。どこがいい?」
「別にどこでも。あなたに任せます」
何気無いやりとりに、ふと昔を思い出す。
無理やり誘い出しては、連れまわした。行く場所は、いつも俺任せ。
今の泰成は、冷たい態度ではあるが本質的には変わっていない。
なら少しずつ、でも確実に。
大丈夫。まだ望みはある。
自分に言い聞かせるように、何度も呟いて。
少し後ろを歩く泰成へと、笑みを向けた。




「あのー、ちょっと良いですかぁ?」
「はい?」
「二人でこられたんですか?私たちも二人なんですよぅ」
・・・まただ。
香水の臭いをふりまいて近付いてきた女に、瞬時にそう思う。
昔から誠一と歩いていると、必ず女が寄ってきた。
いや、きっと誠一が一人の時の方がもっと多いのだろう。
外見も悪くなく、まして少し軟派な感じの男だ。
さっきから何度となく声をかけられてはうまくあしらっているが、女たちが寄ってくるたびにムッとしてしまう自分に腹が立つ。
誠一の回りには常に誰かがいる。男でも女でも。
・・・そう、代わりなんていくらでもいるのだと、思い知らされる。
「ったく、しつこいんだから。泰成?」
「・・・はい?」
「いや・・・どうした?」
「別に何も。それよりいいんですか?彼女たち」
「は?」
「結構可愛い人だったじゃないですか。いいんですか?断っちゃって」
自分でも言葉に棘があるのは気付いてるのに、口は止まらない。
これじゃあまるで、気にしているとわざわざ教えているようなものだ。
・・・別に、気にしてなんかないのに。
「あのなぁ。俺はお前と来てんのに、どうしてあんな奴らの相手しなきゃいけないんだよ」
「僕の代わりなら山ほどいるでしょう?」
呆れたように言われるのに、つい反射的に返してしまう。

今言うことではない、そもそも言うつもりもなかったこと。
なのに、さっきから心の中にモヤモヤが広がっているのだ。
一度抱いたらそれで満足だったくせに。
今回だって、そう。逃げるから追って来るだけ。
捕まえれば、そこで興味はそれるに決まっている。
そんな思いは、いつだって消えることはない。

「何言ってんだよ?」
誠一の気が少し固いものに変わる。
「お前の代わり?いるわけないだろ、そんなもん」
「なら、何であの時・・・っ」
強い口調で言われるのに、思わず感情のままに返してしまう。
すぐに気が付いて途中で言葉を止めるが、時既に遅し。
誠一の一瞬驚いた表情が、すぐに真剣なものに変わる。
「あの時って・・・何の話だ?」
「・・・何でもありません。それより、もう十分借りは返しましたよね?これで失礼します」
とにかく逃げ出したくて、すぐに踵を返す。
しかし歩き出すよりも先に、手を捕まれて止められた。
「離してください」
「嫌だ」
「・・・離せっ!」
「言っただろ、今度は逃がさないって」

強い視線に、言葉に、動けなくなる。
認めたくない、認めたくなんかないのに。
未だにこの男に、心を捕われてるということに、嫌でも気が付かされる。
そう、この手を振り離せないほどに。
もうずっと、捕らわれているのだ。あの時から、ずっと。








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05.03.02





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